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 夕食が終わってから真琴の部屋に行くと、彼女は本当に勉強していたのか、部屋の隅にあるテーブルの上に、数学の問題集とノートが開いてある。ノートには女の子らしい綺麗な可愛い文字で書かれた数式がびっしりと並んでいる。僕がかけてあげたブランケットは、綺麗に折り畳まれて、押入れの前に置いてあった。 「じゃあ、さっそく勉強始めようか」  僕がそう言うと、真琴は首を横に振る。 「夕飯食べたばかりなんだから、少し休もうよ」 「それは構わないけど。だったら、勉強する気になったら呼びに来てくれる? 僕は自分の部屋にいるからさ」  僕がそう言うと、真琴はもう一度首を強く横に振った。 「せっかく久しぶりに会ったんだから、少しくらい話しようよ」 「話って、例えばどんなこと?」  僕は尋ねてみる。すると真琴は、それが考えるときの癖であるかのように、また右手の人差指を立てて顎の辺りに付け、しばらく首を傾げる。そして、急に何かを思いついたかのように手をぽんと打つと、 「啓介兄ちゃんは恋人とかいるの?」  と、唐突に尋ねてきた。真琴がどういうつもりでそんな質問を投げかけてきたのかはわからないけれど、想定もしていなかった質問に僕は面食らい、即答することができない。あるいは、真琴は何かを考えるふりをしていただけで、本当は何も考えていなかったのかもしれない。最初から彼女のしたい話は決まっていたのかもしれない。年上の男として、恋人がいないと素直に答えるのも、何となく悔しい気がする。かといって、見栄を張ってウソをついたところで、話しているうちにきっとバレてしまうに違いない。  僕はゆっくりと首を横に振りながら、 「いないよ。いないし、これまでもいたことがない」  と、正直に打ち明けた。すると真琴は、不思議そうな顔をして僕の顔を見る。 「不思議ねえ。啓介兄ちゃん、それなりにモテそうなのに。恋人が欲しいとか思ったことないの?」 「欲しいと思ったことは何度だってあるさ。だけど、そういう機会に恵まれなかったんだ。僕はどんなふうに女の子との距離を縮めたらいいのかもわからないし、何なら最初にどんな言葉をかければいいのかもわからない」  僕が答えると、真琴はフフフッと小さく笑った。 「きっと、啓介兄ちゃんは難しく考えすぎなのね。最初にかける言葉は、悪口でなけば何だっていいのよ。『今日は暑いね』とか、『いま何してるの?』とか、そういう感じで、取り立てて飾り立てる必要もないし」
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