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 たしかに、と僕は思った。僕はあまりにも事を難しく考えすぎているのかもしれない。今日の車内でのことだってそうだ。最初に真琴にかける言葉なんて、『長旅お疲れ様』でも、それこそ、『今日はとても暑いね』でも、何だって良かったはずだ。それを僕はあまりにも難しく考えすぎてしまい、結局、会話を切り出すきっかけを失って、車内に重苦しい雰囲気を立ち込めさせてしまった。  だけど、裏を返せば、それが僕という人間なのだ。難しくないことも難しく考えてしまう、それが僕なのだ。これまで二十年間そうやって生きてきたのだし、今さらすぐにそれを正すことなんてできるはずもない。そういう意味で言えば、僕に恋人ができるのは、まだまだ先のことになりそうだ。  僕はまだ不思議そうな顔をしている真琴に尋ねてみる。 「真琴ちゃんの方はどうなんだよ? 恋人とかいるの?」  すると真琴は突然大きな声で笑いだして、バンバンと僕を力強く叩きながら答える。 「私は一応これでも受験生だよ? 恋なんかにかまけてる暇なんてないわよ」 「そっか。そうだよな。高校三年生だもんな。ちなみに、大学はどこを受験するつもりなの?」 「一応、九大の経済学部を受けるつもりよ。いまのところ、まだ状況は厳しそうだけどね」  真琴は照れているのか、頭をポリポリと掻きながら答える。 「ふうん。だったらこんな話をしてないで、勉強したほうがいいんじゃないの?」  僕が冗談交じりに言うと、真琴はそれを嫌味と受け取ったのか、少し頬を膨らませてから、 「わかってるわよ」  と答えた。それから、急にテーブルに向かって、シャーペンを動かし始める。僕はそんな真琴の背中を見ながら、 「わからないことがあったら訊いてね。これでも数学は得意分野だから、それなりに教えられると思うから」  と伝え、床の上に寝そべった。とは言え、寝そべっているだけで、何もすることがあるわけでもない。この部屋には僕が読みかけになっている小説もない。せめてスマートフォンでも持っていれば、ゲームでもしながら時間をつぶすのだが、あいにく僕はスマートフォンも自分の部屋に置いている。仕方がなく、ぼんやりと天井を眺めていると、真琴がゆっくりと振り返って言った。 「ねえ、啓介兄ちゃん、ちょっと訊いてもいい?」  僕はゆっくりと身体を起こし、真琴の方を向いてから、 「いいよ。何かわからないところでもあるのかい?」  と言った。すると、真琴は問題集のページを静かに指さす。
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