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「必要条件とか、十分条件とか、その辺りがよくわからなくて」 「必要条件と十分条件? そんなに難しい話じゃないさ。AならばBが成り立つとき、AはBであるための十分条件、BはAであるための必要条件だ」  僕は簡単に説明するけれど、真琴は納得していない表情で、じっと僕を見つめる。 「そんな型通りの説明なら、教科書にも載っているし、それでわかるんだったら、とっくにわかってるわよ。もっと具体的にさ、何かわかりやすい例とかないわけ?」  真琴は不満そうに口を尖らせる。僕は少し考えてから、 「こんな話がある」  と、切り出した。  それから僕は、高校時代に友人たちとした恋とセックスに関する議論の話を真琴に聞かせた。僕が話している間、真琴はときどき相槌を打ちながら、じっと話を聞いていた。そして、一通りの話を終えてから、僕は真琴に言った。 「要するに、恋をしている、つまり、『好き』ならば『セックスしたい』は成り立つ。だから、『好き』は『セックスしたい』の十分条件だ。だけど、『セックスしたい』からと言って『好き』とは限らない。だけど、『好き』であるためには、『セックスしたい』という思いが必要だ。だから、『セックスしたい』は『好き』の必要条件だ」  僕はこれでわかるだろうと自信満々に説明した。だけど、真琴は相変わらず不満げな表情を浮かべたまま僕を見る。 「あのさ、好きだからセックスしたいとは限らないんじゃない? この世界には、セックスをしないけれど仲が良くて愛し合ってるカップルもいくらでもいるし」 「これはそういう話じゃないんだ。『好き』だから『セックスしたい』は成り立っているという前提の話なんだ」 「現実的でない話を成り立っている前提とか言われても、ピンとこないわよ」  たしかにそうかもしれない、と僕は思った。しかも、恋とセックスだなんて、高校三年生の女の子に持ち出す例としては、いささか不適当すぎるようにも感じる。必要条件と十分条件の関係ならば、リンゴと果物の関係でも十分に説明がつく。リンゴならば必ず果物だ。だからリンゴは果物であるための十分条件だ。だけど、果物だからといってリンゴとは限らない。ブドウかもしれないし、モモかもしれない。だけど、リンゴであるためには少なくとも果物である必要がある。だから、果物はリンゴであるための必要条件だ。たったそれだけの簡単な話で十分に説明できたはずだし、その方が真琴にもわかりやすかったはずだ。
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