1/10
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/121ページ

 森は僕たちの前にどよんと黒く重苦しく横たわっている。まるで、一度飲み込んだものは二度と吐き出さないと言わんばかりに。それでも僕たちはこの森に入っていかなければならない。そうしなければ、秘密基地にたどり着くことはできないからだ。  僕は懐中電灯で照らしながら、秘密基地へと続く森の中の道を歩く。その僕の後ろを追って、真琴が歩いてくる。森の中の道は僕が思っていたよりもずっと、きちんとしていた。僕が知らなかっただけで、誰かが定期的に手入れをしていたのだろう。それでも、足元の雑草は僕が子供のころよりもずいぶん多くなっていたし、時には木々の間を渡る蔓を払い除けながら進まなければならなかった。  ときどきどこかから吹いてくる生暖かい夏の風が、木々の葉を揺らし、ざわざわと音を立てる。どこか遠くの方で、獣の遠吠えも聞こえている。できることなら、今すぐにでも家に帰って、クーラーの効いた部屋で横になって眠ってしまいたかった。真琴が音を上げてくれればそれで全ては終わりになるのだが、表情を見ている限り、彼女は決して諦めそうにはない。  懐中電灯の明かりに誘われて、小さな羽虫がうようよと僕たちの周りを飛び回る。僕は蔓だけではなく、そんな羽虫も追い払いながら進まなければならなかった。枯れ枝を踏んで、パキッと音がなる度に、背中にぞくぞくとした寒気が走った。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、真琴は笑顔で歩き続ける。  やがて僕たちは、開けた場所に辿り着いた。僕たちが子供のころ、秘密基地として使っていた場所だ。僕たちが建てた掘っ立て小屋は、跡形もなく消え去っている。誰が撤去したのかはわからないが、掘っ立て小屋の欠片すらそこには残っていなかった。 「あの小屋、なくなってるね」  真琴が広場を見回しながら言った。 「そうだね。まあ、もともと僕たちが勝手に作ったものだし、撤去されたところで文句は言えない。むしろ、きちんと撤去してもらっただけ、僕たちが撤去する手間が省けてよかったのかもしれない」  僕はそう言ってから空を見上げた。辺りの木々に囲まれて、夜空が丸く切り取られている。その中に、星々が綺麗に輝いている。僕と同じように、真琴も空を見上げる。 「この景色が見たかったの。まるで、井戸か何かの底から、夜空を見上げてるみたいで」  ずいぶん変わったことを言うんだな、と僕は思った。綺麗な星空を見るなら、普通は何にも邪魔されない方がいいはずだ。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!