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そのとき、真琴が急に慌てて叫び声を上げる。
「赤!! 赤だよ!!」
その叫び声で我に返った僕は、目の前の信号に赤いランプが点灯していることに気づいた。僕は慌ててブレーキを強く踏み、車の動きを止める。当然、慣性の法則に従って、僕たちの身体は勢いよく前につんのめる。シートベルトをしていなかったら、きっと僕も真琴もフロントガラスを突き破って、車の外に飛び出していたに違いない。僕は背筋にゾクゾクと寒気を感じ、全身に冷や汗をかく。
「もう、何してるのよ? 危ないじゃない。本当に車の免許持ってるの?」
真琴が口を尖らせる。一応ね、と僕は心の中で呟きながら、
「ごめんごめん。ちょっと考え事をしてたんだ」
と言った。
そして僕と真琴は顔を見合わせる。僕も真琴も笑いがこみ上げてきて、二人で大きな声を上げて笑う。それが、僕と真琴の間に立ち込めていた重苦しい雰囲気を消し去るきっかけとなった。
信号が青に変わり、僕はアクセルペダルに置いた右足に少しずつ力を加え、ゆっくりと車を加速させる。
「ねえ、いつまでうちに泊まるの?」
僕は真琴に尋ねた。
「一応、夏休みが終わるまで泊まらせてもらうつもりよ。おばさんにはそう伝えておいてもらってるはずなんだけど、聞いてない?」
「うん、何も。君が泊まりに来ることと、僕が君を駅まで迎えに行かなければならないこと以外はね。あ、あと、君が白いワンピースを着て麦わら帽子をかぶって午後三時に駅に着くことは書き置きで知った」
僕はそう答えて、車を更に加速させる。そして、制限速度に達すると、それ以上スピードが上がらないように、右足でアクセルを少しずつ調整する。僕たちの乗った車は、順調に家に向かって走っている。
「どうして突然うちに泊まりに来ようなんて思ったの? うちなんか田舎すぎて何もすることなんてないよ? 毎日ヒマでヒマで仕方ないくらいだ。それに、夜中にコーラを飲みたいと思っただけで、三十分も歩かなきゃならないんだぜ? 福岡のまちなかで過ごしていた方がずっと便利で楽しいだろうに」
「夜中にコーラが飲みたくなったら、車で買いに行けばいいじゃない」
「僕はまだそんなに車の運転に慣れてるわけじゃないからね。うちの周りは道も狭いし、夜中の運転は控えるようにしてるんだ。それで、どうしてうちに泊まりに来ようなんて思ったの?」
僕はもう一度尋ねた。
「星が見たくて」
「星?」
「子供のころ、啓介兄ちゃんの家で見た星が忘れられなくて」
真琴は言った。
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