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 翌日、僕は時間を見つけて、景子のクラスに様子を見に行った。景子は相変わらず教室の隅の方に一人きりでいた。彼女は誰にも近づこうとしないし、誰も彼女に近づこうとしない。相変わらず彼女の周りには堅牢で強固な壁がどっしりと構えている。  景子が普通の学生生活を送るためには、少なくとも、彼女自身があの壁を取り除いてしまわなければ無理だろう。だけど、きっとあの壁は、彼女が自分自身を守るために作り上げたものであって、そう容易く取り除けるとも思えない。彼女があの壁を取り払って、他人ともっと近づくことができるようになるためには、もっと根本的な何かを変えてしまう必要があるのだろう。それが何なのか僕にはわからないけれど、少なくともこのままでは、景子は壁を分厚くしていく一方だろう。そして、どんどんその壁の内側に閉じこもり、やがて他人と接することすらできなくなるに違いない。  もしかすると真琴も同じような状態にあるのかもしれない、と僕は思った。真琴は井戸の底から星空を見上げているような気がすると言った。それは、きっと井戸の底ではなくて、真琴が自分自身で築き上げてしまった壁の内側なのだ。真琴の築き上げている壁が、どれくらいの厚さなのか僕にはわからない。少なくとも真琴は僕に対してその壁を見せることがないからだ。  だけど、きっと学校にいるときの真琴は、景子と同じように堅牢で強固な壁を作り上げ、自分自身を必死に守っているのだろう。こうやって補講から逃げ出して僕の家にやって来ているのも、自分を守るためなのだろう。だけど、おそらくそれは正しいことではないと僕は思う。壁の中に自分を追いやって、現実から逃げたとしても、本質的な解決には至らない。景子のように、どんどん他人との距離が広がっていくだけだ。僕はそのことを真琴に伝えるべきなのだろうか。あるいはそっと見守っておくべきなのだろうか。今のところ、僕にはどうすればいいのかわからない。それに、いずれ真琴が自分自身で気づくかもしれないし、景子と違って、環境が変われば全てが解決するかもしれない。  少なくとも、真琴は自分の周りに壁があることは感じている。そして、そこから抜け出そうと必死にもがいている。僕にどんな手助けができるのかはわからないけれど、僕にできることならしてあげたいと思う。真琴が元通りの世界に戻っていけるように。そして、幸せな未来を築き上げていくことができるように。
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