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だだっ広い真っ白な空間。床と壁の境目は分かりづらく、前後左右、延々と広がっているように錯覚する。柱に沿って上を見上げるが、柱の先は真っ白な霞の中に溶け込んでいる。
ここは、どこなんだろう。私は、誰なんだろう。
ぼんやりと考えている間に、黒い巨大な物体が降ってきた。頭が割れるような落下音、身体が浮くほどの衝撃、目を開けていられない突風。
私は、恐る恐る目を開けた。白い粉塵がだんだん薄くなって、その正体を認識できるようになる。
呼吸を忘れるほどの恐怖に、身体を締め付けられる。
濁った金色の鋭いかぎ爪に、漆黒の体表。狂犬のような口元は上下に鋭い牙を生やし、粘ったよだれを垂らしている。首を直角にして見上げるほどの全貌。尖った耳と、曲がった金色の角、大きく見開かれた金色の目。顔は狂犬。ゴリラのような筋骨隆々とした身体は、今にも襲ってきそうな前傾姿勢である。荒い息遣いが、空間を震わせている。
一人だったなら、怪物の元にひれ伏し、ただ痛みに耐えることのみを考えていただろう。でも、私には仲間がいた。
赤い騎士服の青年は、怪物に飛びかかって大剣を振り下ろす。橙色の騎士服の青年は長柄の斧を振り、暴れ回る。ピンクの騎士服の少女は怪物に槍を向け、果敢に突き進む。黒い騎士服の、仮面を被った青年は細い剣を華麗に操り、怪物を翻弄する。
私には何ができるのだろう。
両手を見つめたとき、私は初めて自分の姿を認識した。肌触りの良い青いローブと、軽い履き心地の茶色いブーツを履いていた。
仲間が怪物に押されている。私は怪物に向かって両手を突き出し、強く念じた。
発射したのは、複数の氷の矢。その一部が怪物の目に当たると、怪物は大きな唸り声を上げた。
「目! 目が弱点なのよ!」
私は仲間に向かって叫んでいた。
「でも、どうやって攻撃すればいいん!」
恐怖と苛立ちにまとわれた少女の声が応答する。
怪物は顔を左右に振ると、けたたましい雄叫びをあげた。金色の目が大きく見開く。先ほどよりも激しく暴れまわる。
剣や斧、槍で攻撃するには、あの高い目まで怪物の身体をよじ登って近づかなければならない。仲間をそんな危険に晒すわけにはいかない。私は怪物の目に向かって、手当たりしだい氷の矢を放った。しかし、怪物の前足に易々と遮られてしまう。さっきはまぐれで当たったのだ。
一案が、頭を過った。怪物の前足は重く、頭上までは上がらなそうだ。怪物の頭上から攻めれば。
私は自分の真下に氷の足場を作ると、勢いよく、自分の身体を宙へ突き上げた。
「おい、無茶や!」
足元から、青年の声が聞こえる。私は怪物に向かって飛んでいた。怪物の目を真っ直ぐに見据える。恐怖の風に煽られながらも、私は強い意思を唱えていた。
もう、誰も失いたくない。私の代わりに、誰かが犠牲になるのは見たくない。
私は両手を突き出し、強く念じた。それよりも先に、怪物が口を大きく開けた。口から飛び出してきた細長い何かに、私の足首はキツく巻かれる。
その黒い舌は、私を怪物の喉元まで一直線に導いていた。怯える間も無く引っ張られ、肺が空気を急激に取り込む。
――小田原真波は激しく身を震わせて、目を覚ました。真っ黒な視界が洗い流されるように、だんだん天井の白に満たされていく。考える前に、とりあえず深呼吸することにした。
肺の圧迫感が和らいでいく。麻痺が解けたように、身体の感覚が戻っていく。身体が熱い。顔は冷たい空気に触れている。
辺りを見渡し、時間をかけてここが自分の部屋であることを認識した。最後に大きく息を吐いて、夢だったことに安心する。
布団を押し上げて、身体を起こした。冷たい空気に身体の熱が冷まされていく。パジャマは汗でびっしょりだ。
そばのカーテンをめくった。今日も雪は降っていない。
繰り返す残響に、耳をすませていた。怪物に呑まれる直前、仲間が叫んだ言葉だ。真波のことを呼んでいた。残響はぼやけていて、なんと呼ばれたのか思い出せない。ただ、それは真波ではない、別の名前だった。
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