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「ねえ、アイリス君は楽園市場を知ってるかい。」
思い出すのは懐かしい、静かで甘い響きの声。
木製の車椅子がキィと軋む小さな音ともに、首を振る少女へ声の主である少年は告げた。
「何でも売ってる幻の市場の名前だよ。死者が物を売り生者がそれを買う常世と彼岸の交わる世界。昔はスカーバラと言った街の事。」
それはこの世界ではかなり有名な話だった。
人は死んだら常若の国で生き続ける。
――――死んでもその存在をを覚えられている者だけは。
楽園市場は常若の国の物品が唯一この世に出回る始点という。
貨幣さえあれば、人の命だろうが、賢者の石だろうが、ドレイプニルだろうがなんだって買える場所、そして同時に使者と再会できる場所でもあった。
だから其処を目指して旅するものは多く、但しそのうちの誰一人として帰ってきた者はいないという。
「ねぇ、気になるだろう?本当にそんな場所がこの世に在るのかもしれない。………まあ、僕はこんな足だから、旅なんてもう出来ないだろうけれど。」
この時は、まだ少女が、‟人”でなかった。
ただ吸血鬼の肉体に人格という情報を組み込まれただけの、まだ感情らしき感情をしっかり持てなかった頃の、人造人形だった時の話。
五、六年前のまだ毎日が宝石のように輝いていたころの
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