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若きパティシエ
それから、よいしょと椅子から立ち上がると
「明日からしばらくは、娘を君の指導につけるから。分からないことは、なんでも聞いてくれ」
と伝えた。
「はい」
「今・・・四時半か。もうすぐ帰ってくるな。それまで、店の中でも案内しようか?」
「はいっ」
陽太は張り切って、昇についていった。
ひょっとしたら、あの人に会えるかもしれない。
そんな期待に胸が膨らんだ。
「おーい、かすみー」
昇は、売り場から奥に進んだ場所にある厨房に向かって声をかけた。
「はい、店長」
真っ白いコックコートと、縦に長い白い帽子を身につけた若い男が、中から現れた。背が高く、切れ長の目が向ける眼差しは、いかにも真面目そうだ。
「かすみ、今度、アキちゃんの代わりにバイトに入る日輪陽太君だ。面倒見てやってくれ」
昇は、今度は陽太に向かって言った。
「霧月かすみ君だ。厨房の指揮は、彼に任せてある」
「いえ、店長の営業方針に従っているだけです」
かすみは、無表情かつ事務的にそう言った。
「・・・あー・・・。ちょっと、その、かすみはよくしゃべる男じゃないんだが、分からないことや困ったことがあったら、俺でも彼にでも言いなさい。ね」
陽太は、返事をしなかった。
「陽太君?」
「へっ?」
陽太は、慌てて昇の顔を見た。
正直なところ、ちっとも昇の話を聞いていなかったのだ。
というのも、がっかりしている真っ最中だったからである。
(この人でもない・・・)
「よろしく」
かすみはぶっきら棒に言い放ち、陽太に軽く会釈をすると、さっさと厨房に引っ込んだ。
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