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山入端宅にて(1)
「寡黙な人ですね」
「職人としての腕はいいんだが、いかんせん無口なやつでね。でも、気は優しい男だよ。ただ、愛想がね・・・」
「ないですね」
「・・・そうだな・・・」
二人は、陽太の持ち場となる売り場にやってきた。今は客足もなかったので、昇はレジの打ち方や、それぞれのケーキの名前を陽太に教えた。
陽太の記憶力は、人間の比ではない。一度見聞きしたら、決して忘れない。それなのに、昇が二度も三度もケーキの名前を繰り返すので、それが陽太にはまどろっこしかった。
「さて、五時だ。アキちゃん、あと頼むね」
「はーい」
この間の女の子が、朗らかに返事をした。
「陽太君、家の中に入ろう。娘が帰ってくる頃だから」
「はい」
昇は、店の裏手にある玄関に陽太を案内した。陽太は、家にあがると居間へと通された。
居間には、一人の人がいた。栗色の後頭部が、ソファの背もたれの上にちょこんとはみ出して見えている。その人は、一昔前のドラマが映るテレビの画面をじっと見ていた。
「照彦。帰ってたのか」
「うーす」
照彦と呼ばれた少年は、振り向きもせずに返事をした。ソファに遮られて見えないが、照彦のほうからガサゴソという音が聞こえてくる。音と同時に、陽太の鼻は、塩化ナトリウムのにおいを嗅ぎつけた。
「ん? あっ、こんちはー」
照彦は、陽太の存在に気づくと、プリングルスの筒をテーブルに置いた。ペコッと頭を下げる。
学校から帰宅したばかりらしく、シャツに、エンブレムのついた白いベスト、グレーのズボンという格好だった。愛嬌のある顔の造作は、あきらかに父親譲りだ。
「じゃ俺、二階に行くわ」
黒いスクールバッグを手に提げて、照彦はそそくさと居間から出て行こうとした。その背中に、昇が呼びかけた。
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