照彦の実験

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照彦の実験

 その夜、台所があまり賑やかなので、かすみは不審に思ったほどだった。  なにしろ、台所のドアを開けなくとも、壁の向こうからはしゃぐような声が聞こえてくるのだ。 「姉ちゃん、絶対これ、うまいって!」 「キャハハハハ! あんた、自分で味見しなさいよー」  かすみの目に、腹をよじって笑う茜の顔が浮かんだ。こんな彼女の笑い声を耳にするのは、実に久しぶりだ。 「ハー・・・。あ、かっちゃーん、お疲れ様ー・・・。ハー・・・。苦しい・・・」  かすみが台所に入ると、案の定、茜は涙が出るほど笑っていた。台所は油のにおいに満ち、茜の手には長いさいばしが握られていた。コンロの上で、てんぷら鍋がじゅうじゅうと音を立てている。 「てんぷら粉だってうまくいくさ。とうっ」  照彦は、丸いだんご状の物体を、掛け声とともに鍋に投入した。  と同時に、茜が再び弾かれたような笑い声をあげた。 「聞いてよ、照彦ったらさー、てんぷら粉に砂糖と卵を混ぜて・・・揚げてるんだよー・・・あー、おかしー・・・」  笑い過ぎて喉を詰まらせ、茜はコホコホと咳き込んだ。 「いいじゃん。おいしいケーキになる」 「なんないよー。キャハハハハー」  二人のやり取りを見て、かすみの脳裏に (バカな姉弟だ) という感想がよぎったが、黙っておいた。
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