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洋菓子店「ベアトリーチェ」(1)
(・・・この中だ)
陽太は、自分の斜め後ろを振り返った。そして、二階建てのその建物を見上げた。
自分の胸をくすぐった波長の余韻を、確かに感じる。
陽太の移動してきた場所は、平凡な住宅街であった。ところどころにスーパーや薬局、美容院に歯科医院のあるような平均的な町並みだ。
その中で、今、陽太の見上げている建物は、ほかのそれよりも、欧風でかわいらしい造りをしていた。一階部分が外から丸見えの、全面ガラス張りの家だ。
陽太は、ともかく中に入ろうと、ドアのほうに進んでいった。自動ドアがすっと開き、陽太は中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
ココア色のエプロンをつけた、陽太と同い年・・・二十歳くらいの女の子が微笑していた。
(この人じゃない・・・)
陽太は、忙しく頭を動かして、キョロキョロと店の中を見回した。ほかに人はいない。
それにしても、すごく甘いにおいがする。
陽太の目の前には、ショーケースがあった。彩りも鮮やかなケーキが、たくさん並んでいる。ショーケースとは別の棚には、包装された焼き菓子が種類ごとに籐籠に盛られていた。
「あの・・・」
「はいっ! どちらになさいますか?」
笑顔を絶やさずに、その少女は受け応えをした。笑顔の裏から『もちろん買っていくのよね?』という気迫がそことなく伝わってくる。
「いや・・・買いに来たわけじゃ・・・あの」
ここで、陽太は言葉に詰まった。
自分がここに来た理由を、どう説明すればいいのだろう?
本当の理由を話したところで、人間に通じるか?
通じるわけないよな・・・。
「・・・あの、じゃ、募集を見てきたの?」
女の子が、営業用の顔を解いて尋ねてきた。
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