4人が本棚に入れています
本棚に追加
/62ページ
第一話『ある春の日』
「はあ……はあ……」
とある人物が息を切らしながら歩いている。肩まである青い髪、しわのない膝丈のスカート。背も小さいその人物は、小学生くらいにも見えるかわいい感じの子だ。
「確か、こっちの方で合ってるはず」
手に持った紙を見ながら少女はつぶやく。なにぶん、初めて来る場所だ。地図を持っていても、その複雑な道は理解に苦しんだ。
しかし、それも長くは続かなかった。大きな壁が見えたのだ。物理的な大きな壁である。その壁を見つけた少女は一安心した。
その後、壁伝いに移動して門を探す。ようやくたどり着いた門の前で、少女は小さくつぶやく。
「……ここが、私のこれから住む家」
ひと呼吸ついた少女は、門にいる守衛に話しかけ、迎えを待つ事にした。
大きな壁の中は屈指の財閥『高乃グループ』の一族の暮らす屋敷がある。その少女はそこで使用人として働くためにやって来たのだ。
しばらくして、少女は門の中に迎え入れられる。案内をしてくれたのは、そこそこ年のいったメイドだ。二人は並んで屋敷の廊下を歩いている。二階への階段を上がり、奥に歩き出したところでメイドから声をかけられる。
「連絡いただければ迎えに参りましたのに」
「いえ、せっかくなので街も見ておきたいと思いまして」
少女は、メイドの問いかけにそう返す。その際更に「迷いませんでしたか?」と聞かれ、「……迷いました」と答えるのだった。
「着きましたよ。こちらが千穂様のお部屋になります」
そこは、屋敷の二階をかなり奥まで進んだ場所だった。たどり着くまでに見た扉となんら変わらない、いたってシンプルな木の扉だ。しかし、よくよく見ると『Chiho's room』と斜体で書かれた銅板が取り付けられていた。
扉を前に、メイドが少女の方を見て言葉をかける。
「それでは、高山なぎささん、これより千穂様のお部屋に入ります。けして失礼のないようにして下さい」
言い終えたメイドは扉の方を向こうとするが、何かを思い出したらしくもう一度なぎさの方を見た。
「申し遅れましたが、わたくし、メイド長を務めます千葉久留里と申します。仕事の事で何か不明点などありましたら、いつでも相談下さい」
最初のコメントを投稿しよう!