第五話『実家』

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第五話『実家』

 なぎさの目の前にある古びた家、そこがなぎさの実家だ。家の正面は道路に面していて、ガラス張りの引き戸が四枚。内側には半分まで垂れ下がったカーテンが見える。  なぎさは入口の扉を開ける。そして、中を覗いて一言「ただいま」と言う。  続けて中に入り、辺りを見回す。もともと飲食店だった内部には、今もテーブルや椅子、それに座敷がある。壁を見ればメニューの札がかけられている。  今はお店はしていないのだが、店内の設備には埃の一つも見当たらない。まるで時が止まったかのように、営業時の状態を保っていた。 「なぎさ……」  不意に声が聞こえる。久しぶりに聞いた声だ。 「母さん」  店の奥から出てきた長身の女性、それはなぎさの母、ほず枝だった。頬はこけ、肌は何とか保っているが髪は少々ぼさぼさになっていて、苦労している事がうかがえる風貌だった。  それもそのはず、なぎさの家は十年前のある事がきっかけで借金まみれになっていた。お店も続けられなくなり、その日暮らしを何とか続けられている状態なのだ。 『なぎさ亭』。それがこのお店の屋号だ。なぎさの父親の焼くお好み焼きは近所でも評判だった。しかし、あの日以来父親はお好み焼きを焼いていない。自棄になった父親は、浴びるように飲んだ酒が原因で現在は入院しているのだ。父親が入院してからというもの、女手一つでなぎさは育てられてきたのだった。 「おかえりなさい、なぎさ。ちょっと待っててね」  ほず枝はそう言って、カウンターの中へ入る。なぎさが手近な席に座ると、ほず枝はお茶を持って戻ってきた。 「母さん、とりあえず高乃の家に入り込めたよ」  向かい合って座ったところで、なぎさが口を開く。ほず枝は「そう」とだけ返す。
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