Oblivion〜終の住処〜

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『いやー、紫苑ちゃんは人気子役ですからねぇ。可愛らしいし、あどけないから。きっと犯人はアニメオタクのロリコンでしょう。紫苑ちゃんは……』 『紫苑ちゃんのご両親も、きっと辛い思いを……』『紫苑ちゃんは、業界でも評判が……』『紫苑ちゃんを誘拐した犯人を、一刻も早く……』 テレビでは、紫苑ちゃんは紫苑ちゃん、と、会ったこともない大人たちが知った顔で綺麗事を並べ立てるのが常だった。 わたしはそれらを聞く度苛立った。わたしのことなど何も知らないくせに。 「ねえ、トウマ。これじゃあいつまで経っても外には出られないじゃない。せっかくあなたに誘拐してもらっても、自由じゃないならなんの意味もないわ」 わたしが思わずそう零すと、トウマは口元を歪ませてわたしの瞳をじっと見つめてきた。──簡単に言えば、トウマという男は気味の悪い男だった。 「大丈夫だよ。きっと世間はすぐに君のことを忘れるさ」 「……わたしもそうであることを願うわ。せめて、この狭い部屋で体と心を腐らせる前にはね……」 トウマが住むアパートの一室は、彼の稼ぎが窺えるような、薄暗く、どこか湿った空気の流れるワンルームの部屋だった。 ベランダの真正面に面したマンションに光を遮られ、洗濯物は常に乾きにくく、三日間同じ服を着続けるのもよくあることだった。 食事もほとんど毎食インスタントかカップ麺ばかりで、あまりにも不健康な生活だったが、わたしにとっては十分だった。 しばらくの間、報道は止まなかった。 トップ子役の誘拐事件とだけあって、目にする回数もさすがに減りつつはあるものの、時々思い出したようにテレビではキャスターがわたしの失踪事件を口にした。 『……そういえば、少し前の人気子役の失踪事件もまだ未解決ですしねぇ。なんでしたっけ、ほら、あの子……紫苑ちゃん。戸川紫苑ちゃんの事件ですよ』
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