それでもずっと好きだから

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俺とライは小さい頃から家族ぐるみの付き合いで仲が良かった。四つ年上のライは頭が良くて学校の成績も断トツ。よく勉強を教えてもらっていた。 本当の兄弟のように互いの家を行き来するような親密な間柄に、違和感を覚えたのはいつだったか。 きっかけは覚えていない。ただ何となく、もやもやした。 ライが自宅に同学年の友人を招くたびに嫉妬した。その中に女子がいると尚更だ。 天才と言われ、運動神経も良く、それを鼻にかけない誰にでも優しい好人物。いつも周りに他の友達がいて、俺の入る隙は段々となくなっていった。 そして、ライが高校に入った年。俺もようやく中学に上がり、初めて「恋」という言葉を知った。俺が兄のようなライに抱いている感情は恋なのだと、知った。 子どもながらに同性愛などおかしいと分かっていたから、この気持ちを忘れようとした。そのために、告白してきた女子と付き合ったこともある。 でも、ダメだった。どうしても好きだった。 我慢すればするほど劣情は募り、苦しくて、寂しくて、高校生としてやっぱり順調な生活を送るライが憎たらしくなって。 ある日俺は、とうとうライに全ての感情をぶつけた。 『好きだ』 何もかもをぶちまけて、叩きつけた。 好きだ、気の迷いなんかじゃない、本当に好きなんだ。 泣きながら叫ぶ俺に、ライは。 『……ボクも』 静かにそう答えた。 同性同士で付き合うことに社会的な抵抗感はあったが、好きだという気持ちが強く何ともなかった。 幸せだった。確かに幸福だった。 なのに、どうしてこんなことになったのだろう。 付き合ってから五年。ライは大学生に、俺は高校生になった。今日は五周年記念をする、つもりだった。 「ロベルト、うちの大学の屋上来てくれる?」 電話でそう呼び出され、夕日が登り始めた大学構内に入らせてもらって屋上に行った。何かのサプライズだろうと、そう思って。 扉を開けると、こちらに背を向けた恋人の姿が見えた。 「ライ、どうしたんだ?」 「……ロベルト」 振り向いたその表情が、あまりに儚げで。俺はひどく、イヤな予感がした。 「あのね、今日はお別れを言いたくて呼んだんだ」 「……お別れ?」 「うん」 フェンスも何もない開けた屋上を端まで歩み、ライは笑った。 不穏で不安な夕日の赤が、ライのふわふわした赤い髪と重なり合う。 「ボクね、ずっと考えてた。このままでいいのかなって」 語り始めた恋人の酷薄な笑みは、どこまでも綺麗だ。 「ロベルト、高校でモテるでしょ? 女の子に告白なんかもされて……。それなのにボクみたいなしょうもない奴と付き合っちゃってる。それってさ、ダメだと思うんだ。ロベルトの将来を潰してると思う」 「何、言ってるんだ……? 俺はっ」 「分かってる。ボクもロベルトのこと大好きだもん。でも、だからこそボクは耐えられない。離れたくない。嫌われたくない。……ずっと、一緒にいたい……」 「ライ、ライ聞いてくれ。俺はお前から離れない。絶対嫌わない。ずっと一緒にいる。誓うよ。だからそんなこと、言わないでくれ……」 言葉が届かない。 俺の声が届いてない。 いつだって、他愛ない一言にも楽しそうに笑ってくれたのに。一番届いてほしいときに、届かない。 「昨日ね、父さんと母さんにロベルトと付き合ってること言ったんだ。そしたらね、恥を知れって言われた。人様の家の子を誑かして、なんてかわいそうなことをするんだって」 絞り出すような苦しげな声に、ショックを受けた。まさか、そんなことを言われていたなんて。 そりゃ確かに、同性愛を容認してくれる親は少ないだろう。だけどそこまで言うなんて、あんまりじゃないか。 ライがそのとき受けた衝撃を想像すると、心臓が縄でギチギチと縛り上げられたように痛んだ。実の両親からそう言われるなんて、どれほど辛かっただろう。 「ボク、本当にロベルトのこと愛してるよ。もしできることなら、海外に行って……いつまででも一緒にいたいと思ってる」 「うん、俺も。俺もだよ。海外でもどこでも行こう。誑かされてなんかないんだから、堂々と逃避行してやればいいんだ」 届け。届け。 「ダメだよ。もう決めたんだ。ボクはロベルトを嫌いになれない。離れられない。だったら、死ぬしなかないんだよ」 「それこそダメだ! 俺はお前がいなくなったら生きていけない!」 頼む。どうか、届いてくれ。俺の最愛の人。 「大丈夫。ロベルトは強いから、生きていけるよ」 真っ白いライの頬に、透明な雫が伝った。 「ばいばい。今までずっと、ありがとう」 イヤだ。イヤだ。いかないで。 気付けば俺も壊れたみたいに泣いていた。ライがまた後ろに下がる。それ以上、行ったら………… 「止めろ、ライ!!」 ライの足が空を踏む。 「ロベルト」 涙が宙を舞う。 「だいすき」 彼が囁いた声は震えていて。 「しんでも」 そして、笑っていた。 「あ、あ、ああああああああっ!!」 それがライの、最期の言葉だった。 その日。 俺は最愛の恋人を失った。
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