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「え? いや、それは言い過ぎなんじゃ……」
王子という柄ではないものの、女性から好意を持たれる状況は満更でもない。
思いがけない遭遇は徳憲を暫時、仕事から意識を遠ざけた。それほどまでに彼女は甘美な匂いを漂わせていたし、きっと彼女は本当に、不安で胸が張り裂けそうだったのだ。
「母の死体……確認しても良いですか?」
「え? ああ、そうでしたね。はいはい、行きましょう」
小夜に催促されて、徳憲はようやく職務を思い出す。
徳憲が身を引いて歩き出すと、小夜も密着が解かれて名残惜しそうにしていた。今は現場の初動捜査が優先だ。徳憲が先導する途中、小夜はさらに強く左手を繋いでくれた。完全に懐かれている。
どうしたものかと徳憲は苦笑しながら、小夜との過去を記憶から掘り起こした。
――あれは三年前だったか。
徳憲は巡査部長になったばかりで、まだ制服警官だった。交番から実ヶ丘警察署に配属され、交通課として日々、市内をネズミ捕りして回っていた。パトロール中に不審者や騒動を発見した場合、現行犯逮捕で検挙件数を稼いだ。
ある日、歓楽街のラブホテルをパトカーで通過したとき、入口で揉めている男女が視界の端に映った。
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