1.草生える

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 死体の右手には、音楽プレイヤーのリモコンが握られたままだった。  クラシックばかり収納されたCDラック、その中央にある音楽プレイヤーからは、延々とモーツァルトのセレナーデ第十三番がリピート再生されていた。    *  警視庁捜査一課から出向した徳憲(とくのり)忠志(ただし)警部補は、そのまま捜査主任を担当した。 「また俺が主任か……これも合同捜査本部になるのか? 今月、この実ヶ丘(みのりがおか)市で同様の殺人(コロシ)が二件も発生しているんだよなぁ……手口が似ているから連続殺人の線もあるのか」  徳憲は弱冠二九歳、今年で()()()の大台に乗る。  この年齢で警部補に昇進できた者は少ない。現場の叩き上げ(ノンキャリア)でこつこつ積み重ねた実績と、足で稼ぐ粘り強さが評価された結果だった。巡査部長の頃には、市内の検挙件数で最多記録を樹立したこともある。 「実ヶ丘市は俺の古巣だしな……交番時代はよくパトロールしてたっけ」  ゆえに土地鑑もある。それを見越しての抜擢だった。  若造に指揮されるのが気に食わないベテラン刑事も居るには居たが、些細な軋轢だ。  徳憲はクールビズのワイシャツ一丁だ。近年は春先でも暑い。薄着の方が捕り物も動きやすいという叩き上げらしい理由もある。
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