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1.
埃っぽく冷たい空気が鼻を掠めた。少し肌寒く感じ、眉が自然と寄った気がした。私はだるい体を寝かしつけたまま、ゆっくりと重たい瞼を上げた。
「……」
「……」
「…………どちら様?」
目の前には距離感がおかしいほど近く、白いモフモフとした顔があった。
その真っ赤な目は私が言葉を発したと同時に大きく見開かれ、ヒクヒクと動く鼻は湿って濡れているように見える。少し顔の距離が遠退いて、頭まではっきり見ることができた。頭には鼻同様震えるように少しだけ動く長い耳が見える。
……良く出来た着ぐるみだなぁ。本物のウサギみたいにフワフワとした柔らかそうな毛に、リアルな湿り気の鼻。それに動きがまるで何かを被っているようには見えない。中の人はプロなんだろう。この道何年なんだろう? 耳まで器用に動かしてすごい。それに目も仕切りに瞬きを繰り返している。どこから覗いてるのかしら? 口元は固く閉ざされてるし……。
と言うか、この人私に怯え過ぎじゃないかしら? よく見ると微かに震えているのは耳や鼻だけじゃない。体も震えている。そういうキャラ設定が義務づけられているのかしら? ウサギなのに大きさは多分私の胸元くらい、小学生低学年の子くらいに思える。
着ぐるみは紺のチョッキを着ていて、そこから懐中時計を取り出した。それを見た着ぐるみは顔色を青くしたように見える。着ぐるみなのに顔が青いなんてどういう事だと思うわ。だけど本当に顔面蒼白というのが分かる演技なの。
ん? ちょっとまって。チョッキに懐中時計? それに白いウサギ……。
「なんとまぁ! タイムは僕のお願いなんて聞いてくれないんだ! やれやれ、これもそれも全部君のせいだぞ!」
どうして目覚めたばかりで私はこの見も知らないウサギの着ぐるみに怒られなきゃいけないんだろう。私が何をしたって言うのかしら。呆れながらも、妙に重たく綺麗な作りの掛け布団を自分から剥がし起き上がった。そして白いウサギの着ぐるみを睨んだ。
「大体貴方誰なんですか? ここは保健室で、そもそも学校で部外者は入れない筈です。寝ている女子高生の顔を覗き込むなんてどういう神経してるんですか? 警察沙汰ですよ!」
「ホケンシツ? ガッコウ?」
着ぐるみは小首を傾げた。顔を横に向けると大きな耳までそれに伴い動く。本当に血管が通っているように、分からないと言いたげに眉をひそめ、片方の耳を少し折り曲げていた。なんなの。イラつく。
そうよ。私は保健室で眠ってて……。あれ、でも保健室のベッドってこんなに冷たかったっけ? それに布団も重たい。見たこともないような綺麗な刺繍が施されてるし……。あれ、え……?
「どこ……? ここ……」
私は開いた口が塞がらないままに辺りを見渡した。
私の眠っているベッドは物語とかで出てくるような、天蓋の付いたお姫様ベッドだった。ベッドの周りのカーテンはこれも細やかなレースで出来ていて、綺麗なんだけど少し色褪せているというか古めかしいと言うか……。壁は石で出来ていて、床も石のタイルがはめられている。独特の重くひんやりとした空気が漂っていた。それにやっぱり埃っぽい。
見渡す限りこの石造りの部屋には私が眠っているベッドしかない。全体を見てもどうも古めかしい。現代的な家とは思えない。
そして着ぐるみの後ろには開け放たれたままの木で出来た扉がある。着ぐるみはあそこから入って来たみたい。窓はあるけど鍵がかかったままだし。
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