【1】目覚めの眠り姫

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 自分の事なのにどこか他人事のように感じるわ。こんな悠長に考えを繰り広げられるのもおかしいと思う。それだけこの空間は異常。着ぐるみを着た誘拐犯だなんて……。シリアスに掛ける。それになんでビクついてるの? 何かされたのは私の方なのに。  ……交渉してみたら解放してくれるかな? これだけビクつく誘拐犯なんだもの。出来心って事もあるかもしれないわ。魔がさしたのかもしれない。この場を穏便にさえ済ませれば見逃してくれるかもしれない。  じっと見つめ続ける私に着ぐるみは更に眉をしかめ、また近すぎる距離で私の顔を覗き込んで来た。なんだろう、距離感と言うものを知らないのかしら。  「何処って……。大丈夫? 君、眠り姫でしょ? 今日、目覚めたんだ?」  「は? 眠り姫? 違う違う。私はただの普通の女子高生です。来年からは大学に行くの。推薦で受かって、だから行かないといけないんです。親の期待も背負ってるし、私を家に帰してください。今すぐ解放してくれるなら誰にも何も言いません。この事は秘密にします」  「違うの? それにジョシコーセイ? ダイガク? スイセン?」  着ぐるみはまた首を傾げた。  「目的は何ですか? 家は一般的な家庭で身代金なんて支払えません。こんな警察沙汰になる事、前科が付くようなリスクを負う事やめましょう? 私にそんな価値はありませんから。きっと誠実に生きて行けばいい事ありますよ。誰かが何処かでちゃんと見ててくれます。だから……」  「君の言っている事が分からない。君は眠り姫だろう? 解放? 出て行きたいなら出て行けばいいじゃないか。ほら扉はそこだよ。そんな事も忘れたのかい? 永い眠りは人から記憶を奪うんだね。いやはや困った困った。これじゃあ弁明してもらう事も期待できなさそうだ……」  着ぐるみはまたチョッキから時計を取り出し、それを見ると盛大に溜息を吐いて項垂れた。耳まで重力に逆らえなくなったように項垂れた。  なんだか少し可哀想に見える。見た目が見た目なだけに。遊園地などに居れば案外可愛いマスコットになれると思う。そうだ、こんな誘拐なんてしてないで遊園地で働けばいいんだ。
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