【1】目覚めの眠り姫

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 「貴方は誰なんですか? どうして私をこんな所に連れて来たの?」  「さっきから何を言っているんだい? 眠り姫」  「眠り姫じゃないってば」  「いや、君は眠り姫だよ。この城で眠っていたんだから君こそが眠り姫だ。僕は会った事無かったけど、小さい頃良くアリスが話していたよ」  「……アリス」  「アリスの事も忘れたのかい? マルガレータは? アリスとマルガレータは良く君を巡って争っていたそうじゃないか。アリスはいつも負けて悔しいとそう言っていた。どっちも親友なんだろ?」  着ぐるみの言っている名前に心辺りはない。そんな西洋の名前の友人、私には居ない。私は生粋の日本人で、日本からも出たことがないもの。留学生なんてそんな夢の様な話も現実にはない。どちらも知らない人物だわ。  だけれど、この着ぐるみからアリスと言う言葉が出た瞬間私はやっぱりと思ってしまった。  このウサギの着ぐるみは、大きさが正しいのかは定かではないけれど、ウサギにしては大きいけれど、あの不思議の国のアリスに出てくる白ウサギと特徴が一致している。白いモフモフの毛に、二本立ち、人間の様にチョッキを着こなして懐中時計を忍ばせている。そうではないかと思っていたけど、そうなんだろう。  ここはじゃあ童話をモチーフにしたお店か何かなのかな? そんなところに来た覚えはない。私は授業を途中で抜け出し保健室で眠っていた。教室に居るのがしんどかった。先生の声もひそひそと話す生徒の声も嫌だった。適当なところで教室に戻るつもりだった。そう、私は保健室で眠っていただけなんだ。それなのにどうしてこんな所に居るんだろう? 学校を抜け出した覚えなんてないんだけれど。  どうも目の前の白ウサギは誘拐犯では無いようだわ。のんき過ぎる。話しを細かく聞いても意味は無さそう。さっきから会話がかみ合っていない気がするのよね。この着ぐるみは私の話をあまり聞いてないと思う。とりあえず頭に浮かんだ質問だけぶつけてみよう。  「……貴方は白ウサギですか?」  白ウサギは輝かしい目で私を見ると大きく頷き、私の手を取り距離を縮めた。近いって。  「知っていたのかい!? そう、僕は白ウサギ! アリスが話してくれてた!?」  「いや、そのアリスって人の事は知りませんけど、貴方あれですよね? 有名な不思議の国のアリスに出てくる白ウサギをイメージしてるんですよね? そんな小さくなれるなんてすごいですね。もしかしてまだ子ども? ああ、ここ小学校とか? 何かの出し物のセット? 私知らない間に来ちゃった? それなら納得」  白ウサギはまたもがっくりと肩を落とし私の手を離した。  「僕は子どもじゃない。いい大人だ。それに小さいだなんて失礼だ! 僕はウサギとしては平均的な身長だぞ! ……なんだ。アリスは僕の事話してくれていないのか。そうだよね。あのアリスが僕の事なんて……。それにきっともう彼女は僕の事を忘れているに違いない。幼い頃は鬱陶しく感じていたけど、歳を取るとあの好奇心に溢れた目がなんとも愛おしい。……ハッ! どうしたことか!! すっかり忘れていた! 遅くなってしまう! タイム! タイムー!! 時間を止めておくれ! お茶の時間に間に合わなくなる!」  「あ! ちょっと!!」  白ウサギは慌ただしく叫び出すとバタバタと部屋の中を駆け回った。そして扉が目に入るなり外へと駆けだそうとした。  「急がなくちゃ! 急がなくちゃ!」  「待ってよ!! ここは何処なの!? ちょっと! 無責任すぎやしない!?」  「何を言ってるんだい? ここは君の家だろう? 出たけりゃ出ればいいじゃないか! 僕は出る事をお勧めするね! 君が眠っている間にこの国も変わったそうだ。僕も眠っていたけど、どうやら国王様と王妃様は出て行ったらしい。新しい国王様はお妃に尻に敷かれているそうだよ! そのお妃はなんと食人鬼だそうだ! 逃げなくちゃ君も食べられちゃうよ!」  「え!? 意味わかんないんだけどー!? 白ウサギ! ちょっと! ねぇ!」  私の呼びかけも虚しく、文字通り脱兎のごとく白ウサギは逃げて行った。
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