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 風に攫われて、桜の花びらが舞う。足元に落ちてきたそれを、桜は竹ぼうきで払った。もう桜の花が咲く季節か。自分と同じ名前だというのもあるけれど、この花は好きだった。穏やかな色を見ていると、不思議と心が落ち着く―― 「だ! か! ら! 言ってるだろ! 客にはもっと愛想良くしてくれ!」 「愛想の悪さなら、俺も雪彦も変わらんだろう」 「俺はまだ子供だから、愛想悪くても怖くないからいいんだよ」 「子供がそれを言うな。生意気だぞ」 「お前がにこりともせずに来ると、怖いんだよ! わかれよ!」  ……また喧嘩している。桜は溜息を吐いた。 「まぁまぁ、二人とも、そう喧嘩しないで、お客さん怖がってるから……」  峰平が困ったように仲裁しているが、雪彦は怒っているし、鴉は平然としている。 「鴉さん、桜と一緒に、買い付けに行ってくれる?」 「なんでっ、こいつが桜と一緒に行くんだよ! 俺が行く!」 「鴉さんはまだ買い付けの仕事を覚えてないだろ。雪彦は客の相手をしてくれ」 「ぐ……」 「じゃあ、頼んだよ、鴉さん」 「はい」  峰平がそう言う声が聞こえ、背後から、鴉が現れる。相変わらずの短髪に、浅黒い肌。男物の灰色の衣に、黒い帯を巻いている。一目見れば、男だと勘違いしてしまうだろう。鴉は薄く微笑みながら、桜に片手を上げた。 「あ、箒置いてくるから、待ってて」  桜はそう言って、竹ぼうきを店の中へ片づけに行く。  ――あの賭けの次の日、また、鴉が店にやってきた。早朝の店準備をしていた桜たちは、ひどく驚いたものだ。 「あの護士団、抜けようと思う」  鴉は表情に困るような顔つきをした後、桜に向かって、そう告げた。 「……そうなんですか」  桜は静かに頷く。いろいろと葛藤したのだということは、鴉の目の隈が物語っていた。 「何というか……どこに行っても、おんなじだと思ってたけど、そうじゃないみたいだ。今まで無理してたのが馬鹿みたいだよ。鱗を見ても龍はわからぬ、だな」 「……鴉さん、昨日より、ずっと、楽そうに見える」  そう言えば、鴉は驚いたような顔つきになる。桜は微笑んだ。 「だから、私も嬉しいな。またうどん食べに来てくださいね」  にこにこと微笑みながら鴉を見ていれば、彼女は戸惑った様に視線を泳がせた。待っていると、彼女は、思い切ったように言った。 「あの……本当に済まなかった。妙な事に巻き込んで……」 「え?」桜は首を傾げてから、ぽんと手を打った。「お店の事なら、卓も椅子も壊れてなかったし、大丈夫ですよ。気にしないで!」 「いや、そうじゃなくて、賭けが……」 「あれは、鴉さんだって、巻き込まれた側でしょう? 気にしないでください」 「……変わってるね、あんた」  鴉は眉を上げる。けれどもそこに険しさはない。彼女は薄く微笑みながら、じゃあ、と片手を挙げる。 「困ったことがあったら頼ってくれ。あんたには本当に感謝してるんだ。とはいえ……俺がどこにいるのかは、わからないが……」 「あら、どこかへ行くんですか?」 「むしろ行く宛てがないから、わからないのさ」 「行く宛て、ないんですか?」 「ん? うん」 「なら……」  ちょうど人手も足りなかったし、どうですか? と桜は峰平に尋ねた。  そうして、雪彦は反発していたが、峰平が受け入れて、鴉は白鴎屋で働くことになったのだった。  働き始めて、七日近く経つが、鴉は、依然として男の格好、男の話し方のままで、女らしくなるわけでもない。てっきり女性らしく生きるのかと思っていた桜は、戸惑っていた。しかし、鴉は、男のように振る舞っている方が落ち着くらしい。それならそれでいいか、と桜も思う。 「そういえば、鴉。一つ、聞いてもいい?」  店を出れば、欠伸をしている鴉がいる。隣に並んで、二人は歩き始めた。
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