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桜はそう話してから、はっ、として、鴉を見上げた。案の定、鴉は怪訝そうな顔をして、桜を見ている。
「よ、よくわからないよね。大体、わからないって言われる」
「……いや、別に、いいけどさ」
鴉は不可解そうに眉を寄せていたが、ふと、顔を曇らせた。その苦しげな表情を見ると、桜も共鳴するように胸が痛む。
「どうしたの?」
「……じゃあ、あんたから見れば、俺は、だめな奴だよな」
「どうして?」
「俺は、親のことも、玄次たちのことも……憎んでるもの」
憎んでる、と聞いて、やや怯む。けれども、その感情を塗りつぶすほど、鴉の苦しみを感じた。抱きしめてあげたくなったが、拳を握り締めて、我慢した。
「だめな奴だなんて、思わないわ」
「どうかな」鴉は信じないで、自嘲的に笑う。「心底では思ってるかもしれない。あんたの考えは立派だもの。俺みたいに浅ましくない」
「そんな風に言わないで。鴉は、憎みたくて彼らを憎んでるわけじゃないでしょう。許せないことをされたから、傷付いたから、憎んでるんでしょう。そんなの、だめなことじゃないわ。それだけ、苦しいってことでしょう、それだけ、傷付いてるってことでしょう……」
抑えようとしていたものが、やっぱり、抑えられなかった。思わず腕が伸びて、隣にいる鴉にいきなり抱きついてしまう。思い切って抱きしめれば、彼女はぎゃあと悲鳴を上げた後、困惑したように小刻みに震えた。
「おっ、往来で何を……」
「だって……可哀想なんだもの」
「勝手に同情するな」
鴉がぐい、と桜を押し退ける。桜は素直に身体を引いた。けれども、桜の体温が、鴉の身体に移ったような、そんな感覚があった。鴉は少しだけ頬を赤くした後、ぱちぱちと激しく瞬きを繰り返す。何かを堪えてるようにも見えた。
「ほんと、変なやつ……」
「……よくわからないよね、やっぱり」
「わからないよ」
「もっと上手く説明出来たらいいんだけど――」
桜は目を細めた。風が吹き、桜の花びらが、空を舞っている。道を行き交う人々の笑顔が目に止まる。ある人は焦ったように走っているし、ある人は道端に座って、楽しげに話し込んでいる。客を呼ぼうと声を上げる店子もいれば、入る店に悩んでうろうろと歩き回る旅人もいる。みんな生きていた。みんな生きていて、等しく愛おしいなと思う。彼らが幸せでありますように、龍の加護がありますように、と桜はいつものように胸中で祈る。彼らが幸せに微笑む分、桜だって幸せになる気がした。
光景がきらめいている。桜は眩しくて、目を細めている。ふと、鴉の視線を感じる。鴉も、今は怪訝そうな顔をしているけれど、数日前のような、生きづらそうな様子は消えた。それが桜には嬉しい。純粋に、嬉しかった。
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