龍の愛し子たち

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龍の愛し子たち

 ――青龍を守護神として祀る玉龍国。  都から、さらに東に進み、木々の深い山を越えれば、そのふもとに、山影(やまかげ)という名の宿場の里がある。竹で組まれた門をくぐれば、広い土道が続き、両脇に宿や茶屋が並んでいる。土と木ばかりの里で、華やかなのは店ののれんの色と、木々に咲く花の色くらいである。  桜は、風呂敷包みを抱き抱え、土道を歩いていた。荷物を持って歩いているとすぐ誰かにぶつかりそうになる。出来るだけ道の端を進んでいると、ふと、声を掛けられた。 「お嬢さん、少し恵んでもらえねぇか……」  男の嗄れた声だった。辺りを見渡すが、人々はざわめきながら通り過ぎて行き、桜を見る者はいない。不思議に思えば、もう一度声がする。 「お嬢さん……」  随分と下の方から聞こえてくる。桜は視線を下げた。すぐ傍の、店の間の通りに、三十くらいの年ごろに見える男が一人、あぐらをかいて座り込んでいる。初春にはまだ寒そうな麻の衣に、草鞋を履いた男で、何日も剃っていないのだろう不精髭が生えている。やや青白い顔をしていて、具合が悪そうに見えた。 「どうしたんですか?」  桜は着物が汚れるのも厭わず、慌てて男の隣に膝をついた。男は感動したような目で桜を見やると、要領を得ない話し方で言った。 「隣の里の、日笠ってところに、女房がいるんだが、そろそろ子が生まれそうってんで、走って向かってんだよ。俺ぁ、市にいこうと、三羽まで行っててね。そこから走って戻ってきたんだ。でもどうにも、走り疲れて、腹が減っちまって、道中で金銭を使い切っちまったもんで……」  男は、腹をさすりながら、そんなことを言う。空腹の余り、頭も舌も上手く回っていないようだ。 「家にさえ帰れば、金も食べもんもあるんだが。慌てて飛び出してきちまったせいで、こんなところで金が尽きちまった。何か食べたい。後で金を返すから、恵んで貰えないかい」 「あら、それは大変でしたね」  桜は瞬きすると、ちょうど手に持っていた布袋から、貰ったばかりの銀貨を一枚、取り出した。 「あちらのお店、美味しいうどんが食べられるんです。どうぞ寄って行ってください」  無事にお子さんが生まれると良いですね――桜は微笑みながら、銀貨を差し出した。 「あなたに龍の加護がありますように」  流れるような口調でそう祈った桜に、男も同じ文言を唱え返した。
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