揺らぎ続ける青い炎を抱いて

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車が走りはじめて喧騒から離れ、改めて現実が戻ってくる。 凪音が妊娠。 しかも自分の子。 新しい命。 後部座席を振り返った。 「凪音さん」 少し落ち着いてきたのか、美琴に肩を支えられた凪音が顔をあげた。 「ごめんね……」 「なんで謝るの? 黙ってたこと?」 凪音が目を伏せた。 喜ばしいことなのに、凪音の顔が冴えないのは、痛みのせいかそれとも。 「相談しようと思ってた。でも……あまりにいろいろありすぎて……」 確かにそんなことをどこかで言われたような気がする。 「君がアオくんだよね。もちろん責任とるわよね?」 「美琴、そんな言い方」 「こういうのは早めにはっきりさせておかないとダメでしょ。病院に行くのよ? そこで一緒に話を聞いてもらわなくてどうするの?」 たしなめようとした凪音に強い口調で美琴がぴしゃりと言い、強い目で碧を見据えた。 それが逆に混乱していた気持ちを落ち着かせてくれた。 一番、不安なのは、たぶん凪音だ。 美琴のその目をまっすぐ見返し、それから凪音を見た。 「とります。だって、オレと凪音さんの子どもなんだよね?」 凪音が小さく頷いた。 どこか遠慮しているかのような雰囲気に不安を覚える。 「……もしかして、産みたくない、とか……?」 凪音が慌てて顔をあげた。 青ざめてはいるけれど徐々に顔色も戻りつつある。 「違う、産みたい。でも、」 言いかけて、言葉をのみこんでいる。 きっと碧の将来のことだのいらぬ心配で、きっと自分で自分を不安にさせているに違いない。 凪音が何を思ってどう考えてるのか、手に取るように分かって、思わず内心で苦笑した。 「何を迷うの? 凪音さん」 助手席から精いっぱい体を捻って、泣きそうな凪音にしっかり向き合う。 大事なことだ。 子どもを産むことが、一生の問題であることぐらい分かっている。 でも一生の問題なら、凪音をあの男から奪い、あの男とここまで対立している時点で、もうとっくにそうなのだ。 「凪音さん、産んで」 車内なのに、思ったより声が強く響いた。 凪音が息を止めたように見えた。 「オレ、あなたとの家族ほしいよ」 ふいに口をついて出た言葉だった。 小さな頃から家族というものに縁が薄かった。 祖母がいたのだと凪音に気づかせてもらってからはそれを引け目に感じることはなくなったけれど、それでもどこかで、たぶん、家族というものを羨ましく見たことはなかったか。 仲睦まじい両親と子どもたち。 幼い自分には与えられなかった時間。 家族がほしいと言葉にした瞬間、いろんな想いが湧き上がってきた。 胸の奥の熱さに、鼻がつんとした。 父になるという実感はないけれど、それでも、家族になる、というのはわかる気がした。 凪音と、そして新しい命。 3人で、ともに、生きていく。 「……嬉しい。そう言ってくれてほんと嬉しい」 凪音がふわりと笑った。 出会った頃より痩せて、本当に今にでも儚くなってしまいそうでも、その出会った時の笑みは透明で、碧の心を満たす。 でもその細い体に、自分の子どもを今、宿している。 そう思ったら奇跡みたいに思えて環と美琴の存在も忘れて涙がほおを伝い落ちた。 「まだ安心できないのに、今からそれじゃ困っちゃうよ、お父さん」 凪音が小さく笑ってそう言い、車内がようやく柔らかな雰囲気に満ちた。 いつもはしかめ面の多い運転席の環も柔らかな表情だ。 「そろそろ着く」 病院のロータリーに車が滑りこむ。 美琴が凪音を支えるようにして車を降りる。 碧もまた降りようとして、環から声をかけられた。 「アオ、……お前がもし本当にモデルを辞めたいなら、オレは止めない。家族のできたお前は、もうお前だけの人生じゃないしな」 「……はい。ありがとうございます」 環の言葉は重く、でも励まされているような響きに聴こえて、大きく頷いた。
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