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ノートPCの脇で考え込むような目つきをしているのに気づいて、背中を冷や汗が伝い落ちた。
シャッター音が響かなくなった空間にはどこか白けたムードが漂っていた。
メイクとスタイリストが軽く手直ししていて身動きはとれないものの、その近衛の表情が気になる。
カメラの位置から離れて、画像を写し出したモニタ画面をじっと見下ろしたまま、納得できないのか、ひそめた眉はさきほどから崩れない。
「すみません、ちょっと、話がしたい。休憩お願いします」
近衛は軽く手を上げて、アオを見た。
「どんくらいですか?」
「たぶん15分くらい」
スタッフの声に近衛は即答した。
「じゃあ、休憩お願いしまーす」
スタッフの声が響いて、碧のそばからスタイリストが離れた。
「あまりものを食べないでね」とヘアメイクの女性がかすかに微笑みながらそう言って立ち去った。
碧はミーティングテーブルのノートPCの前に座ったまま画面から目を離さない近衛のそばに行った。
かすかに鋭い目だけが碧を見やって、そのまま向かいのイスに座るよう促された。
視界の隅で、渋面をつくる環がいた。
もう撮影が始まってすぐに環はその顔をして、それ以来、ずっとその顔だ。
だからよけいに必死でポージングでもなんでもこなした。
座ると、近衛はノートPCをくるりと回転させて画面を碧の方に向けつつ押しやった。
「どう思う?」
そこには視線をカメラに向けたモデルのアオが写る。
いくつか画像をスクロールするように数枚、無言で見た。
「このまま撮影を続行するかどうか、君の意見をまず聞こうと思った」
淡々とした声に感情は読み取れず、その表情も眉をひそめたところ以外、近衛の考えを読み取れるものは何もなかった。
でもそれがすべてだ。
これがプロの仕事かと思えるほどの、真実がその画面に写し出されていた。
「……撮影、続けるのは、」
口の中が干上がっている。
自分の責務さえまともにこなせない状態で、意見など言える立場にはない。
でも近衛は淡々と碧の答えを待つ。
「……撮影のことを聞いてるわけじゃない。その写真を自分で見て、どう思うか聞いている」
詰問口調ではないのに、圧倒的なプレッシャーさえ感じた。
「……最悪、です」
仕事だと分かっていた。
自分にはとてつもなく大きなチャンスであることも分かっていた。
それでも、その画面に映し出されたモデルの写真からは何も伝わってこない。
「……そう。最悪、か。うん、最悪だ。まるで死んでる。人じゃなく物だ」
冷淡な響きだった。
「申し訳ありま」
「謝罪の言葉はいらない」
強く遮られた。
「謝罪の言葉を簡単に口にできる人間にろくなもんはいない。少なくとも、この業界でプロとして生きてるならなおさらだ。こっちも謝罪の言葉なんて、聞きたくもない」
すみません、といいかけた言葉を飲み込んだ。
「もし謝罪するなら、それはオレだ。オレの目が節穴だったせいで、これだけのスタッフたちに余計な手間と時間を取らせた」
ぐっと拳を握りしめて俯いた。
なんの言い訳もしたくない。
これでせっかく掴みかけたチャンスを失うとしても、それは不甲斐ない自分が招いたことでしかない。
「期待してたんだが」
その言葉が、自分を打ちのめす。
ノートPCを自分に引き寄せ、近衛がその電源を落とすのが聞こえた。
自分たちの役割をこなしながら、背中だけ近衛と碧のやりとりをうかがっているスタッフたちの声無き声も、スタジオの壁に寄りかかって両腕を組んだまま動かない環の姿も、何もかもが碧のモデルとしての甘さを突きつけてくる。
撤収の合図を出した近衛に、スタッフたちの間に気だるさと落胆の空気が流れた。
そうさせてるのは自分だ。
澤崎の言葉が蘇った。
ここで諦めればそれですべては終わる。
モデルという不確かな世界で生き抜くより、また頭を下げて本業に復帰する道もあるだろう。
でもなにより、こんな不確かな自分で、何を成せるだろう。
感情に左右されて、仕事ひとつまともにこなせない半人前で、何を言えるだろう。
こんな惨めな姿をさらして、……あの、年上の彼女は、どう思うだろう。
彼女に、恥じる自分など、ほしくない。
碧は立ち上がって、カメラを片づけている近衛のそばに近づいた。
「近衛さん」
腰を90度に折り曲げた。
「もう一度お願いします」
頭を深く下げて、「お願いします」と繰り返した。
目の前にいる人物の無言が恐ろしく重く長く感じる。
ただ、断罪されるような気分で待つ。
待ち続ける。
「だいぶ時間が押してる。だから、時間はほとんどとれない」
顔をあげると、表情の薄い近衛が碧をじっと見ていた。
「で、二度はない」
「わかってます。ありがとうございます」
また深く頭を下げた。
未熟な自分しかないというなら、その未熟さものみこんで、飛び出すしかないのだ。
そう思った時、ふと彼女に初めて会った日の、あの夕陽の朱の甘い色を思い出した。
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