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拉致があかないと踏んだらしい環がドアを開け放ったと同時に、颯佑と正面で鉢合わせする。
「う、ぁっと。一ノ瀬さん。アオ!」
「話は終わりました。これで帰ります。お忙しいところ時間を割いていただき、ありがとうございました」
爽やかな声を残して颯佑が出ていく。
それを追うこともできないまま、悔しさと怒りとで思わず目の前のテーブルを両方の拳で思いきり叩きつけた。
激しい音に環が慌てて駆け寄る。
「アオ、何があった? いったいどうしたんだ?」
言葉にしたくもない。
「落ち着いたら説明します」
それだけ押し出すように言うと、スマホの録音を切って、凪音の番号にすぐに電話した。
コールしても出ない。
凪音の性格を知っている颯佑のことだ、同じように脅しをかけるだろう。
募る不安を抱えて応接室を出た時だった。
「アオ!」
血相を変えてカンナが飛び込んできた。
「アオ、凪音ちゃんが」
血の気が一瞬にして引いた。
「凪音?」
「下見てたら、地下駐車場から入ろうとしていたみたいだけどマスコミがたぶん、何人か後追って」
舌打ちして飛び出しかけた。
「環さん、スマホ! ここに会話は録音してあるから聞いといてください!」
スマホを環に向かって投げると同時に飛び出した。
颯佑がへたに動かなければいい。
エレベーターを待つのももどかしく、地下駐車場に繋がる外の非常階段を2段飛ばしで駆け下りた。
やけに階段の音が響く。
一番下の階、10台とめられるくらいの小規模な地下駐車場への重い鉄の非常扉を開ける。
ビル内に繋がる裏口の前で立ち往生する凪音の姿があった。
ちょうど裏口のドアの前に1人の記者らしき男が立ち塞がるようにして、凪音に声をかけていた。
それに対して凪音はしきりに頭を振っている。
「違います」という必死な声がわずかに聞こえる。
駆け寄ればバレてしまう。
でも記者の男が逃れようとする凪音の腕を掴んだ。
衝動的に足を踏み出した瞬間、ぐっと肩を背後からとらえられた。
追いかけてきたらしいカンナが息をつきながら、「僕が行くよ」と囁いて、肩を軽くたたいた。
その時、地下駐車場の入り口である緩やかなスロープの方が騒がしくなった。
思わずカンナとともにそちらの方角に顔を向けた。
「マジで」
カンナが茫然とした声で、隣の碧を見た。
間に合わなかった。
地下駐車場までは許可なくして侵入できないマスコミが入り口で立ち往生しながらカメラを構えている。
それを背景に、颯佑がゆっくりスロープを降りてくる。
「ーー凪音、会いたかった」
颯佑の切なく甘い声が地下駐車場に響く。
マスコミがざわりとどよめく。
裏口に立ち尽くしている凪音が目を見開いて、颯佑を凝視している。
カメラを抱えた人間たちがいっせいにフラッシュを焚いた。
「マズい」
カンナとともに飛び出す。
「どけ!」
「うあっ、何するんだ!?」
凪音の腕を掴んだままの男を引き剥がし、凪音の前に立ち塞がる。
「おたく、週刊誌文記の記者だよねー。これ、立派な不法侵入だから!」
カンナが男を抑えるものの、我を忘れたようなマスコミのカメラマンが数人、地下駐車場に足を踏み込んだ。
「碧くん、ごめ……ごめんなさい。どうしても」
「わかってる。凪音さんは悪くない」
背後から届いた凪音の言葉に囁き返す。
凪音が私人であるにもかかわらず、報道倫理もなく、なし崩しにマスコミが颯佑の背後に近づく。
「感動の再会になるのでしょうか!?」
と声高に女の声がする。
「凪音、家に帰ろう」
颯佑の目は、碧の背後をひたと見据えている。
「悪いところは全部なおす。約束する。だから戻ってきてくれないか。やり直そう」
必死なように見える颯佑の声。
レポーターらしき女の声。
マスコミの間でも分かれているのか、不法侵入を咎める声。
凪音を撮れと命令する声。
押されて怒号さえどこかから飛んだ。
じりじりと迫るマスコミの包囲網にカンナが私有地への不法侵入を訴えると脅しをかける。
環、そしてスタッフが数人飛び込んできて、マスコミを外へと押し出そうとする。
飛び交う声に騒然とする。
颯佑が凪音への接触に立ちはだかる碧を見た。
「彼女の元気な顔を見せてもらえるだけでいい、どいてくれ」
「やっぱりあなたが一ノ瀬さんの奥さんですね。旦那さんがああ言っていますが、一言」
ハッと振り向くと、カンナが剥がした記者とは別の男が凪音に迫っていた。
「やめろ!」
怒鳴りながら凪音と男の間に割り込もうとした瞬間、颯佑が視界の端ですばやく碧の脇を回りこんで動くのが見えた。
その手が凪音に伸びる。
とっさに触れられまいと碧から離れるように凪音が後ずさり、颯佑に向かって叫んだ。
「私はあなたの元には帰りません! 帰って!」
記者の男がその後を追いかけるのを「ジャマすんな!」と後ろの襟をわし掴んで引っ張った。
男が後方によろけ、その反動を利用して脇をすり抜けるよう勢いをつけつつ凪音を追いかけた。
裏口のドアを開けて逃げようとする凪音の手首を、颯佑が碧より早く掴みかける。
重たいドアを開けるのを諦めた凪音がかろうじて颯佑から逃れた。
逃げる凪音の名前を呼ぶ。
誰がどう動いてるのかはわからない。
碧以外の手が、ただ凪音を捕まえようとのびるのを払い除け、掻い潜り、回りこんで、凪音に手を伸ばした。
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