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カメラのフラッシュで視界が痛い。
地下駐車場まで踏み込まないマスコミの人間たちがいる一方で、複数の人間がカメラやスマホを手に駐車場内に入り込んでもいた。
凪音の顔が映されないように、体を盾にかばいながら見下ろす。
「ごめん、顔出ちゃって」
「大丈夫」
頷いた凪音の顔がハッとしたと同時に痛みが走った。
「碧くん!」
背後から腕をとられて背中側にねじ上げられる。
誰か、分かる。
ますますねじ上げられて、食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れた。
「やめて! 颯佑!」
無理に動けば、肩を脱臼するか腕の骨を折るか。
それぐらい強い力で押さえつけられ、身動きが取れないまま。
脱臼覚悟で振り解こうとした瞬間、凪音が颯佑に体当たりするように体でぶつかった。
腕を抑える力が緩んだ。
無理やり体を引き剥がす。
肩に一瞬激痛が走って、歯を食いしばる。
必死で碧を放させようと殴ったり叩いたりする凪音の手首を、颯佑が苛立ったように強く掴んだ。
そして引き寄せようとする。
凪音がそれを振り払う。
バランスを崩したのか颯佑が突き放したか。
凪音が小さな悲鳴とともに大きく体を傾げさせ、背後の壁に背中から叩きつけられる。
そのまま、凪音が動きを止めて顔を歪めた。
ずるり、とお腹を抑えるようにしてその場にくずおれる。
「凪音さん!?」
呼んだ声に切迫感がまじったせいだろう、近くにいたマスコミも事務所のスタッフも動きを止めた。
飛びつくように凪音の元にしゃがみこむ。
彼女は辛そうにお腹を抑えて蹲ったまま、肩で荒く息をついている。
一瞬最悪なことが頭の中をかすめる。
「お前……っ! 凪音さんに何した!?」
凪音の肩を引き寄せ、呆然とそこに立ち尽くす颯佑を見上げた。
「なに、も、……」
颯佑は小さな声で言いながら頭を何度も振った。
周りのマスコミもまたいったい何が起きたのかと立ち尽くしている。
「碧、くん。ごめん。違う、大丈夫、病院……、病院に、おね、が……」
泣きそうな顔で痛みが走るのか、時々顔を歪めて碧の腕を掴んだ。
その掴む力は強い。
辛いのか、顔を伏せ、必死で堪えている。
「だ……か、カンナ! 環さん! 車、違う、救急車! 車! 頼むから!」
すぐ脇で複数の男たちをスタッフと共に押しとどめていた環が振り向く。
そしてうずくまる凪音の姿に青ざめた。
「車回す!」
環がマスコミの人間を「どいて、急病人が!どいてくれ!」と押し除けながら輪の外に出ていく。
スタッフに抑えられていたカメラマンの1人がカメラを構えるのが見えた。
この期に及んで、撮影するのか。
こうして病人さえも、ネタにするのか。
そう思った瞬間、何かが切れた。
「撮んなよ! いい加減なんなのお前ら! 誰かを好きになるだけで、なんでこんなに責められんの?! モデルは人を好きになっちゃダメなの?! 好きな人に愛されたいと思ったらいけない?! 何がオレとお前らと違うの!? なんでお前らこんなにおもしろがれるんだよ! もうオレたちを放っといてよ……!」
「碧くん」
凪音が真っ青な顔をあげて、碧の手に触れた。
その温もりに泣きそうになる。
目の前の、大丈夫だとその瞳で訴える彼女を、ただ好きになっただけなのに。
ただ、目の前の女を愛してるだけなのに。
「……凪音さん、オレモデル辞める。モデル辞めればこんなことも起きない。辞めてニューヨークであなたと暮らしたい……!」
凪音の手が優しくほおに触れた。
それでようやく泣いているのに気づく。
痛むのか辛そうにしながらも、凪音が精いっぱい笑みを浮かべようとしている。
それにまた、涙が溢れそうになって慌てて俯く。
ーー誰でもいい、誰かこれを終わらせてくれ。
「アオ!」
カンナが駆け寄ってくる。
同時にマスコミの輪の向こうからクラクションが鳴らされた。
運転席の環が苛立ったように何度かクラクションを鳴らし、辺りに集まっていた人間たちが慌てたように退いた。
カンナが凪音と碧をマスコミの人間たちからかばうように立つ。
「アオ大丈夫? 凪音ちゃん、立てる?」
決してガタイがいいわけではないカンナが2人を隠そうとするしぐさと優しい声にまた泣かされそうになる。
その時、崩れ始めて地下駐車場からひきはじめた人たちの間を縫うようにして、凪音の名前を呼びながら駆けてくる澤崎と見知らぬ女性が見えた。
澤崎がマスコミの人間を見回し、
「これはいきすぎです、不法侵入であることを分かってるの?! あなた方からの取材申し込みを今後一切受けなくてもいいの!?」と厳しい声で言い放つ。
「凪音」
碧の知らない女性が凪音のそばにしゃがみこむ。
「美琴まで、……ごめんね」
「そんなのあと! 君がアオくん?」
美琴と呼ばれた女性が凪音の背中をさするようにしながら、碧を見た。
「凪音、妊娠してるの。君の子」
辺りを憚って囁くような声。
何を言われたのかわからなかった。
同時に環の車が目の前に止まって、美琴という女性がすばやくドアを開けた。
「凪音、動ける?」
青ざめた凪音が頷いた。
「しっかりして、ほら君も早く乗る!」
厳しい声に背中を押されて車の助手席に体を滑り込ませた。
すぐに走り出した車窓に、呆然としたままの颯佑の顔と、残った澤崎とカンナ、そして事務所のスタッフたちが事態を収束させるのに動いてるのが見えた。
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