後編

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後編

先輩のお店が閉まる19時を少し過ぎた頃、私は約束通り店に向かった。 お店の前に着くと、CLOSEの可愛らしいプレートがお店のドアに掛かっている。恐らくきっと、このプレートは先輩の手作りだ。 ゆっくりとドアを引くと、鍵のかかっていないそれは簡単に開いた。 「先輩?」 人影が見えなくて、入り口で声をかけると、奥から先輩が慌てたようにやってきた。 「ごめんね。少し片づけをしていて。」 「私こそごめんなさい。こんな時間に。」 「大丈夫だよ。…それで、何かあった?」 「あ、えっと…その…」 何て切り出せばいいんだろう。 先輩の口から聞きたいとは思ったけど、どうやって話すかまでは考えてなかった。 口を開いたり閉じたりして、話の切り出し方に悩んでいると… 「…もしかして、気付いちゃった、のかな。」 「え…?」 「花言葉。気付いちゃったんでしょ?」 「…はい。」 「そっか。」 先輩は、微かに微笑んだ後、視線を下にずらして、私から目線を逸らした。 「…嫌だった?」 「え?」 「おまけだよって渡した花に、あんな花言葉があるって知って、気持ち悪くなかった?重いなって思わなかった?」 その言葉のどちらも、感じなかった感情だった。 だから、私は首を振りながら、「いいえ」と答えた。 でも、そこで気付いた。 そういえば私、花言葉を知って、先輩の気持ちが知りたいとは思ったけど、自分は一体どうしたいんだろう? 「…大学の時から、好きだったんだ。いつも明るくて優しい君の事が。」 大学の時って…少なくとも、もう7年は前の事だ。 でも、先輩そんな素振りなかったのに。 優しくて柔和な印象の先輩は、背も高いし顔もいいから、女子には当然モテていて。それは今でも変わっていない。 先輩なら、より取り見取りなのに。 「卒業してからは、この店を開くために必死だったから、全然余裕なんてなくて。君との交流は途絶えてしまっていたけど、どんなにしんどくても、君の笑った顔を思い出したら、いつも頑張ろうって思えてた。」 「ずっと…?」 「そう。ずっと。」 呆然とするしかない。 「もう、君に会う事はないんだろうなって思ってた。この気持ちを大事に仕舞ったまま、ずっと過ごしていくんだと…。そんな時に、店に君が現れて、気持ちが止まらなくなった。」 「だから、花言葉で…?」 「…面と向かって君に伝える勇気が無くて。折角また会えるようになったのに、この関係を壊したくなかったから。だから、花言葉には気づかなくてもいいって思ってた。」 「…気付かない方が良かったですか?」 「え?」 そこで初めて、先輩とちゃんと目線が合った。 「私は、先輩の気持ちが知りたくてここに来ました。重たいとか、気持ち悪いとか、そんなこと思わなかったし…嬉しかったんです。」 やっと分かった。私は嬉しかったんだ。 あの花言葉を知った時、もしかしたら、先輩が私の事を思ってくれているのかも、と思って嬉しくて。だから、知りたかった。先輩の気持ちが本当にそうなのか。 優しいこの人に惹かれ始めていた事に、やっと気付いた。 「気付かなくてもいいなんて、言わないで…ちゃんと、教えてっ…」 感極まって溢れてきた涙を、先輩の指が受け止めてくれる。 「…そんな事言われると、期待しちゃうよ?君も、俺の事を思ってくれてるのかもって。」 「期待、していいです…」 「本当に?俺、多分ちょっと重いよ?何年も君の事忘れられなくて、ずっと思い続けてたんだよ?花言葉に気付いたんなら分かるでしょ。俺きっと、君の事二度と離せなくなるよ。」 「…そんなの、嬉しいだけです。相手が、先輩なら。」 「はぁ…。参ったな。今の俺の気持ちを表すなら、バラの数は何本が正解なんだろう…。」 「え?」 「3本?4本?12本かな?やっぱり99本?いや、100本か101本でも…いっそのこと、108本にしようかな。」 先輩が一体、何を悩んでいるのかさっぱり分からなくて、不思議に思って見ていると、静かに笑われてしまった。 「今は、花に頼るより自分の言葉で、かな。…愛してるよ、依知香。あの頃からずっと。」 「先輩…私も、先輩の事が、好きです。」 「ありがとう。俺と、ずっと一緒にいてくれる?」 「はいっ…」 先輩の腕に抱き締められて、とても幸せな気持ちになる。 しばらく抱きしめあっていると、先輩が小さな声で呟いた。 「ごめん…ちょっと、もう無理…」 「え?」 何が無理?そう聞きたかったのに。 その言葉は、私の口から出ていくことは無くて。 気付いたら、先輩の唇が私のそれに触れていた。 すぐに離れて行った先輩を見つめていると、大きな溜め息。 「先輩?」 「キスだけで止まれるわけないとは思ってたけど…そんな顔されたら、余計に無理だよ。」 そんな顔って…私どんな顔してるんだろう? 「気付いてない?自分が今、すごく可愛い顔してるって。」 「かわっ…?!」 「男の前でそんな顔したら、どうなってしまうのか、教えてあげる。」 いつもは優しい先輩が、急に男の顔を見せ始めた事に、私の胸はドキドキして仕方がない。 「裏に行こうか。」 手を引かれて連れて行かれた先には、小さな部屋。 休憩用?なのかな。 テーブルと椅子しかない、質素な部屋。 「んっ…」 部屋の中を見渡していると、急に壁に押し付けられて、唇を塞がれた。 1ミリも隙間がないんじゃないかと思うぐらいの、口づけ。 その内、先輩の舌に潜り込まれて、口内を舐られる。 「んはっ…はっ…んぅ」 濃厚過ぎる口づけに翻弄されていると、何故か体が冷気に触れる。 不思議に思っていると、衣擦れの音の後、何かが床に落ちた音がした。 その時、やっと自分の服が脱がされたと理解した。 こんな所にも発揮される先輩の手先の器用さに、脱帽するしかない。 下着すら取り払われた私の体を、先輩の手が這っている。 その触り方の優しさに、逆に体が悶えてしまう。 もっとちゃんと触ってほしいのに、言葉に出来ない。 ずっと、先輩に唇を奪われているから。 もう、体が変になりそう…! そう思った時、やっと先輩の手が、私の胸の尖りを弄り始める。 緩急をつけたそれに、感じた事のない快感を覚えた。 下腹部もキュウキュウして、潤ってきているのが自分でも分かる。 膝を擦り合わせ始めた私に気付いたのか、先輩の手が降りていく。 そのままそこに触れた指は、何度か往復した後、蜜を纏わせて中へと侵入してきた。 「んんっ!」 決して奥には進まず、浅い所を弄ぶだけのそれに、私の中には、もどかしい快感ばかりが溜まっていって、決定的なものは訪れない。 泣きそうなぐらいそれを求めたのは、初めてかもしれない。 「んはっ…せん、ぱ…もっ…意地悪しないでっ…早くっ…!」 やっと解放された口から出た言葉に、先輩が嬉しそうに笑う。 「意地悪してたつもりは無かったんだけど。依知香から求めてもらえて、すごく嬉しいな。…このまま抱くから、俺に掴まってて。」 そう言われて、先輩の首に腕を回すと、片足を担がれた。 「依知香…入れるよ。」 その言葉に小さく何度も頷く。 「んっ…」 「ああああ!」 「くっ…こら、ダメだよ。入れただけでイクなんて…こんな締められたら、すぐに…っ」 そんなこと言われても、自分ではどうしようもない。 彼のが入ってきた瞬間、内側に溜まった熱が解放されてしまったんだから。 「ああっ…あっ…先輩っ…」 「はぁっ…依知香。もう、先輩は嫌だ…」 「んぁっ…」 「依知香…」 「あっあっ…んっ…直斗さ…直斗さんっ…」 「ん…ありがと…愛してる。」 「あっ…ああああ!」 達する瞬間、彼にぎゅうっと縋りつくと、私の中のうねりに抗うように抜かれたモノから、太ももに熱いモノが飛ばされた。 「はぁ…ごめん、こんな所でこんな風に…初めてが店なんてとは思ったけど、我慢できなくて…」 ちょっとシュンとしたような彼に、思わず笑ってしまう。 「これからは、ここに来るたび今日の事思い出しちゃいそうですね。」 「…!それは、まずいな…」 「え?」 「君の事しか考えられなくて、毎日会いたくなる。」 「…家、近いから、会おうと思えば会えます。」 「そっか。じゃあ、店を閉めたら、毎日会いに行くよ。花と一緒に。」 そう言って微笑んだ彼は、本当に翌日から、私の家を毎晩訪ねてくるようになった。 手には必ず、花を持って。 その花を、私は笑顔で大切に受け取る。 だってそれは、彼から私への、愛の詰まったラブレターだから。
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