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番外編:クリスマス
「こんばんわ。」
「いらっしゃい。」
「あ、依知香さんいらっしゃい!」
気温がグッと下がり、冬らしい気温になったクリスマスイブ。
仕事帰りに直斗さんのお店にお邪魔すると、サンタ帽とトナカイの角を付けた2人に出迎えられた。
「ふふっ。2人とも可愛い。」
「依知香さんも着けてみる?あ、店長だけのお楽しみかしら。」
「ゴホッゴホッ。佳代さん、何言って…!」
「あらあら、店長ってば図星だからってそんなに焦らなくても。」
咽る直斗さんの背中を擦ってあげながら、家に置いてあるサンタコスチュームが頭を過ぎる。
佳代さんってば勘が鋭いんだから。
でも、直斗さんに着て欲しいって言われたわけではなくて、私が何となくクリスマスっぽくしたくて用意したのを、この前たまたま彼が見つけちゃったってだけなんだけど。
「直斗さん、大丈夫?」
「ありがとう。もう大丈夫だよ。依知香はリースを取りに来たのかな?」
「うん。直斗さんが来る前に飾りつけしときたいなって思って。」
「ちょっと待ってて。今持ってくるよ。」
店の奥に姿を消した直斗さんを待っていると、佳代さんにニコニコと見つめられているのに気付いた。
「佳代さん、どうかしました?」
「きっと2人にとって素敵なクリスマスになるんだろうなって思ったら嬉しくて。」
2人が付き合い始めて、初めてのクリスマスだからってことかな?
「佳代さん、余計な事は言わないでくださいよ。」
奥から戻ってきた直斗さんは、苦笑しながら佳代さんに釘を刺している。
余計な事って何だろう?
訳が分からない私は、直斗さんを見つめるけど、彼は優しく笑っているだけ。
う~ん…
あ、もしかしてクリスマスプレゼントでもバラされると思ったのかな?
話の流れからしてきっとそうだよね。
1人で納得していると、綺麗にラッピングされたリースを差し出された。
クリスマスといえば、の赤と緑がメインカラー。
大人っぽいクリスマスリースに、思わず見惚れる。
相変わらず、センスが良いし、器用だなあ。
「気に入った?」
「うん!すごく素敵。ありがとう。」
「なるべく早く終わらせて行くから。」
「待ってるね。」
佳代さんにも挨拶をして店を出る。
ずっとニコニコ見つめてくる佳代さんは不思議だったけど、今はそれ所じゃない。
さっさと帰って、飾りつけして、料理作らなきゃ。
お互い仕事だし、凝った物じゃなくて良いって言ってくれたけど、やっぱり少しはクリスマスっぽい雰囲気にしたい。
昨日の夜と今朝とで下拵えは終わってるし、30分もあれば料理は完成するはず。
あの感じだと、いつもと同じぐらいには直斗さん来られそうだし、準備時間は1時間半ってとこかな。
できればお風呂に入ってから着替えたいし…
うん、急ごう。
残りの道のりを小走りで帰った私は、リースを部屋の中で一番見やすい場所に飾った。
「うん。思ってた通りこの場所でいい感じ。」
次々と部屋の飾りつけをしていると、あっという間に30分も経っていた。
「お風呂入らなきゃ。」
直斗さんと初めて過ごすクリスマスだし、せっかくサンタコスもするから、一旦リセットして綺麗になりたい。
超特急でお風呂を済ませ、軽くメイクもし直して、後は料理を完成させるのみ。
ピンポーン
「え…?誰だろう?」
直斗さんにしては早いような気が…
だけど、玄関のドアスコープを覗くと、そこには直斗さんの姿。
急いで玄関のドアを開けて出迎えると、何故か凄く大荷物の彼。
「早めに終われたから、急いで来たんだ。」
「そうなんだ。お疲れ様。実はまだご飯出来てないんだけど…」
「いいよ。一緒に作ろう。とりあえず、荷物置かせてもらっていい?」
ソファーの横に置かれた荷物は、何が入ってるのかと思うほど大きい。
「これ、何が入ってるの?」
「ん?後のお楽しみ。多分、喜んでくれると思うんだけど…。俺としては、依知香に喜んで欲しいし、受け取ってくれたら嬉しい物、かな。」
どういう意味だろう?
プレゼントとは違うのかな?
「とりあえず、ご飯作ろうか。可愛いサンタさん。」
「あ、うん。」
直斗さんと一緒にキッチンに向かう。
料理も私なんかよりすごく上手な彼。
いつもは何も言わなくても、ササっとやり始めてくれるんだけど…
「どうかしたの?」
「う~ん…今日は俺、やっぱり見学してようかな。」
「え?」
「依知香が料理作ってる所、見てたい。」
何それ。何の拷問?
自分よりも器用な人に見られてるとか恥ずかしい。
「え、それならお風呂に…」
「ううん。見てたい。ダメ?」
いつになく押しの強い直斗さん。
どうしちゃったんだろう。
「ダメではないけど…直斗さんみたいに上手じゃないし器用でもないから、恥ずかしいというか…」
「十分上手だよ。俺は依知香の手料理好きだし、俺の為に料理作ってくれてる姿も凄く好きなんだ。それ見ながらやっぱり依知香しか…って、余計な事言いそうだった。とにかく、俺はここで見てるね。」
「…分かった。」
何だかいつもと違う直斗さんの様子は気になるけど、お腹も空いて来たし、残念ながら明日も仕事の私達に残されている時間は少ない。
…さっさと作ろう。
そう覚悟を決めて作り始めたのに、妙に熱い視線を感じてやりにくい。
なるべく気にしないようにしながら、下拵えしていたチキンを最後にオーブンに入れて、ホッと一安心。
これで後は出来上がるのを待つだけ。
先にある程度準備しといて良かった。
20分程で出来上がった料理を、2人で一緒に食べる。
いつもと同じ感じなのに、やっぱり直斗さんの様子がちょっと変。
店に居る時は、そんな風には思わなかったんだけどな。
「ご馳走様でした。凄く美味しかった。ありがとう。」
「喜んでもらえて良かった。あ、私ササっと洗い物してくるから、直斗さんはゆっくりしててね。」
やること終わらせて、直斗さんとのんびり過ごしたい。
そう思って洗い物に取り掛かると、急に後ろから抱きしめられた。
「え、ちょ…直斗さん、洗い物しにくい…」
「ごめん。依知香が可愛くて…どうしても触れたくなった。」
「触れたくって…あっ、どこ触って…!」
後ろから、スカートの中に手が入ってくる。
ワンピースのサンタコスにしない方が良かったかも。
というか、いつもより性急な気が…
「あっ…!直斗さ…ここじゃ…!」
「ん…分かってる。俺もちゃんと抱きたいし…最後までするのはベッドにするよ。でも今は、依知香を気持ちよくしたいから、そのまま感じてて。」
下着の中に入ってきた指に、一番敏感な場所を弄られて、何も考えられなくなる。
「あっ…んぁっ…やっ!だめっ、そこ、そんなしたら…!」
「いいよ。そのままイって。」
「えっ…やっ…あ!やあああ!」
簡単に昇りつめてしまった私は、もう洗い物所じゃなくて、汚れた食器を見ながら荒い呼吸をすることしか出来ない。
「依知香、ベッド行こう。」
手を引かれて、寝室へと入る。
ベッドに着いたと同時に唇を塞がれ、そのまま押し倒された。
いつもと違って、最初から深いキス。
本当に一体どうしたんだろう…
ボーっとした頭の片隅で、そんな事を思いながら、彼の唇を受け止める。
「んっ。んんっ!」
「はぁっ…依知香…愛してる。ずっと…これからも一生…」
「ふぁっ…ああっ!」
いつもよりも性急で、いつも以上に激しい彼に翻弄されて、いつの間にか私は意識を飛ばしてしまっていた。
*************
「んん…」
あれ…?私…
今、何時だろう?
真っ暗な部屋の中、ベッドサイドの時計を見ると、もう日付が変わってしまっている。
「ん…?いい匂いがする…」
「あ、依知香起きたの?」
「直斗さん…?どこ?」
近くから声はするのに、真っ暗なせいか姿は見えない。
「ちょっと待ってね。そっちに…って、あ…う~ん、どうしよう。これは予想外だなあ。」
「どうかしたの?」
「いや…うん。見てもらった方が早いかな。電気付けるね。」
すぐに点いた電気の明かりの眩しさに一瞬目を細める。
「え…」
明るさに慣れた視界に飛び込んできたのは、部屋一面の色とりどりの花。
その光景に、言葉を失う。
「依知香が眠ってる間に、驚かせたくて頑張ってたんだけど…ベッドの方からやったから、そっちに戻れなくなっちゃった。」
ちょっと照れ笑いしている彼。
お花のいい香りと、目の前の鮮やかな光景に、自然と笑顔になる。
きっと彼の事だから、私の好きな香りのお花を選んでくれたに違いない。
「ありがとう、直斗さん。驚いたけど、凄く嬉しい。」
「…さっき言ってたのは、この事じゃないんだ。」
「え…?」
何故か少し緊張した様子の彼。
「依知香に告白した時さ、バラの本数は何本がいいんだろうって言ってたの、覚えてる?」
そういえば、言ってた気がする。
「バラって不思議な花でね。色によって花言葉が違うのは他の花と一緒なんだけど、本数によっても花言葉があるんだ。」
「そうなの?」
沙也がそんなこと言ってたような気もするけど…
「依知香には、あえて今まで詳しくは言わなかったんだ。この日の為に。だから、バラはここに持ってきた事一度もないでしょ?」
言われてみれば、確かにそうだ。
いつも色んなお花をくれたけど、バラだけは貰った覚えがない。
「今から、ここにあるバラを数えながら、一つずつ花言葉を教えてあげる。最後の言葉を聞いたら、依知香の気持ちを教えて?」
一体何をするのかと彼を見つめていると、入り口近くにあったバラを一本手に取った。
「1本の花言葉は、あなたしかいない。」
視線を合わせて言った彼は、すぐにその前にあるバラを手に取る。
「2本だと、この世界は二人だけ。」
同じように、花言葉の時だけ視線を合わせる彼。
「3本は、愛しています。」
部屋中に散らばっているバラを集めながら、花言葉を伝えてくれる。
4本は、死ぬまで気持ちは変わりません。
5本は、あなたに出会えた事が心から嬉しい。
6本は、お互いに敬い、愛し、分かち合いましょう。私はあなたに夢中です。
7本は、密かな愛。
8本は、あなたの思いやりや励ましに感謝します。
9本は、いつもあなたを想っています。いつも一緒に居てください。
10本は、あなたは完璧。
11本は、最愛。
12本は、私と付き合って下さい。
13本は、永遠の友情。
21本は、あなただけに尽くします。
「24本は、一日中想っています。」
部屋の中を少しずつ歩きながらバラを集める彼の腕には、もう花束が出来上がっている。
それなのに、彼はまだ部屋の真ん中の辺り。
今気付いたけど、部屋に敷き詰められた花の中で、バラだけが多い。
「50本は、恒久。」
さっきの倍に膨らんだ花束。
それでも彼は、まだバラを集めている。
「99本は、永遠の愛。ずっと好きだった。」
じっと見つめられて告げられた言葉に、どこか重みを感じる。
彼は、大学の頃から私を好きだったと言っていたからかもしれない。
「100本は、100%の愛。」
もう、直斗さんの顔も見えなくなってきている。
それでもまだ、私と彼の間には、バラが残っている。
「101本は、これ以上無い程愛しています。」
ついに、私と彼の間に残されたバラは残り一本になった。
抱えきれなくなっているだろうに、それでも落とさないように注意しながら、最後のバラを拾った彼は、それを大事そうに束ねて、私を見つめる。
「108本は…結婚してください。」
見たことがない大きさのバラの花束を差し出されながら、聞こえてきた言葉に、驚きのあまり直斗さんを見つめる。
「え…?」
「…依知香の答えを教えて欲しい。」
「直斗さ…」
「俺と、結婚してください。」
緊張した表情でもう一度言われた言葉に、彼の真剣さが伝わってくる。
驚きと嬉しさと、色々綯い交ぜになって、何故か目が潤んで視界がぼやける。
「私で、いいの…?」
「依知香がいいんだ。大学の頃からずっと好きだったけど、付き合うようになって、ますます気持ちが強くなった。俺の為に色々してくれる姿が可愛くて、愛しくて仕方がないんだ。俺には依知香しかいないし、本当は一瞬も離れたくない。…重すぎて、呆れた?」
間を開けずに首をブンブンと横に振る。
重いなんて、一度も思ったことがない。
優しくて、いつも私の事を思って大事にしてくれる、私の大好きな人だ。
そっか。
直斗さんの様子が変だったのは、こういうことだったんだね。
佳代さんは、この事を知ってたのかもしれない。
『きっと2人にとって素敵なクリスマスに…』
本当、素敵なクリスマスだよ。
まさか、プロポーズされるなんて思ってなかったもの。
目の前で、まだ緊張した表情のままの愛しい人を見つめる。
「直斗さん。私からのお返事、聞いてくれる?」
その言葉に、直斗さんの表情が、更に硬くなった。
「まずは…5本。」
「え…?」
貰ったバラの花束から、5本を彼に渡す。
困惑していた彼だけど、すぐに意味を理解してくれたようだ。
「次は、1本。」
渡すと、少し安心したように受け取ってくれる。
「次は、3本。」
少しづつ、私の手から、彼の手へ渡るバラ。
「次は…21本。」
一気に彼の手元にも、小さな花束が出来上がった。
「次はね、4本。」
少しづつ、彼の表情から硬さが取れて、いつもの優しい表情に戻っている。
「次は…はい。これで、直斗さんの手元101本だよね。」
そう言うと、嬉しそうに頷いてくれる。
「最後は…はい。これで、108本。…これが、私の答えだよ。」
直斗さん、あなたに出会えて、私は本当に良かったと思ってる。
私もあなたしかいないと思っているし、直斗さんのことを愛してる。
あなただから尽くしたいと思うし、あなただけに尽くしたい。この気持ちは、きっと死ぬまで変わらない。
今、私の心の中はあなたへの愛しさで溢れてて、どうしたら伝わるのかと思うほど、あなたを愛してる。
「直斗さん。不束者ですが…私と、結婚してください。」
「依知香っ…ありがとう。これからもずっと、一生愛してる。」
バラの花束と一緒に抱き締められる。
お花のいい匂いに包まれながら、暫くお互いの温もりを感じていた。
朝になって、隣で眠る大好きなサンタさんから、指輪のプレゼントが枕元に届いていたのは、2人だけの秘密。
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