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月の光
まだ名ばかりの春の深更
家々の灯りもとうに消え、木戸も閉まろうかという刻の中
シンと静まり返った往来の端を、ひっそりと家路につく二人。
お互いの袖口で隠れてはいるが、
その手と手がしっかりと繋がれているのが見て取れた。
お互いのこの手を頼りに生きてきた。
一寸先も見えなかったあの日も、
笑い転げたあの日も
ずっとこの手を繋いできた。
二人の息子、吉太の祝言を見届けた今日も、
そして、明日からもまた、この手を頼りに生きていく。
「さきっちゃん」
れん太が佐吉を呼ぶ
「ん?」
名を呼ばれた佐吉がふわりとした笑顔を返す。
「なんでもない」
うまく言葉に出来ないけれど、れん太の胸はただただ幸せでいっぱいだった。
「幸せだな」
れん太の気持ちなどお見通しの佐吉が口にする。
家路を辿る二人を、淡い月の光が包み込んでいた。
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