ガールズサイド

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ガールズサイド

 広いのか狭いのかよく分らない部屋。元々は広いんだろうけど、テーブルと勉強机、ベッド、カーテンで隠されてはいるが、マンガが詰まった本棚。アニメ系の色々なかわいらしい女の子のフィギュアが整列しているメタルラック。その他諸々のせいで、中途半端な広さに見える。  やっぱり、この部屋は何度来ても緊張するなあ。理由は分かってる。この部屋は大好きなユキの匂いが十分すぎるくらいにしているから。 ユキ……と言っても女性ではない。昔から女の子みたいにナヨナヨしてるというので、同級生からそう呼ばれてるってユキ自身が言っていた。そして本人も、そのあだ名をそこそこ気に行っているらしい。 ユキは日下(くさか) 隆行(たかゆき)という、普通の男子高校生で……私の彼氏。 私は彼女。ユキの、日下隆行の彼女。 そんな、他人が見ると胃もたれしてしまいそうな、甘ったるい感情に私、大学生の月見里(やまなし)由香理(ゆかり)が浸っていると、家の階段を上る音がし、この部屋の唯一の出入り口であるドアが開いた。 「おまたせ、ユカリさん」 そう小さな声で部屋に入るユキは、高校から帰ってきて、着替えていないらしく、高校指定の夏服、白のポロシャツに黒のチェック柄のズボンを着ていた。手には、麦茶の注がれたコップの二つ乗ったお盆を持っていた。 座って、それをテーブルの上に置くユキ。部屋の中央に配置されたテーブルに向かい合うように座る二人。でも、視線は合わない。私が恥ずかしいからと言うのもある。けれど、それ以上の理由は、ユキの目が長すぎる前髪によって隠されているから。 以前聞いたところによると、他人と目を合わすのが怖いから、らしい。 「そんなに見つめられると……恥ずかしい、かな」 言ってユキは、頬を赤くして俯く。それを聞いた私も恥ずかしくなり、目を背けて俯いてしまう。 壁に掛けられた青い時計の秒針の音が聞こえる。 起動しているクーラーのモーター音が耳につく。 家の外を車が通った。 コップの中の氷が溶けて落ちた。 短い時間、沈黙。それはユキと恋人という関係になって、二人きりになればよくあること。むしろ、口下手なユキとの、この時間を楽しめるくらいじゃないと、ユキの恋人になる資格はない。と私は断言してみる。 でも、さすがにこの時間が長いと、困ってしまうので、いつも私の方から声をかける。 話題はなんでも良い。最近のテレビの話だったり、ファッションの話。でも、ほとんどは私が今日行った大学の話だったりする。 私が今日の講義で思ったことや、友人の話をすると、ユキは興味無さそうに返事をする。 最近分かったことだけど、ユキはこれでしっかり聞いているらしく、一度話した友人の話をすると「あの時言ってた」と反応してくれる。それがまた嬉しくて、私はさらにヒートアップして話してしまい、一人でずっと話していることがよくある。ユキはこれで良いらしい。 これも最近気づいたことだけど、ユキは自分のことを話すのをとても嫌っているらしい。だから私は、ユキがどんな高校生活を送っているのかも知らない。どんな友達が居て、どんな話をしているのかも聞いたことは無い。まあ、この自己主張の強い部屋を見れば、想像するのは難しくないけど。  話していると、話の種が尽きることがある。そういう時は部屋を見回す。前回私が来た時と何が変わっているのかを見つけるために。例えば、マンガが増えていたり、ライトノベルが増えていたり、それを指摘すると、ユキは熱く語り出し、私は黙ってうなずく。実を言うと、話の内容はよく分らない。それでも、ユキが熱く語っている表情。それが、私は、たまらなく大好き。  稀に部屋の模様替えがされていて、それを指摘した時は「何となく」で流されて、話が終わったこともある。  しかし、今日は少し違っていた。部屋をきょろきょろと見回していると、ユキが口を開いた。 「あ、あのさ……」  どもりながら言うユキに、私は、「なあに?」と聞き返す。 「ユカリさんってさ、妄想?」 ……どういうこと? モーソー? 妄想好きってこと?    私が少し困っていると、ユキも困りながら続けた。 「いや、違うんだ。今日学校でさ、ユカリさんの話をしてたら、お前にそんな彼女居る訳ない。妄想かなんかだろ。って言われてさ……」  私が妄想ってことは、私は存在してないってこと? ……イライラするなあ。  机の下で、両掌を握ったり、開いたりしてみる。  ほら、私は存在してるでしょ。 「それで気になったんだ。その……あの……ユカリさんみたいな……良い人が、本当に僕の恋人なのか、疑問になったんだ」 私は、少し力を込めて両手でテーブルの面を叩き立ち上がる。  その音に驚きながら、こちらを見ているユキ。その目を見つめながら、私はスカートをなびかせながら、ひらりと回って見せた。 「これでも私が存在しないって言うの?」  なぜかユキは顔を真っ赤にしている。  疑問に思った私が、「どうしたの?」と尋ねる。 「あの……スカートが……ふわって、なってて……かわいいな…………なんて」  そう言われると、私の頬までユキと同じく真っ赤になってしまい、小さく跳ねるように座った。  いくら非現実の存在と言われて、腹が立ったとはいえ、どうしてこんな事しちゃったんだろう。ユキの顔を見るのも恥ずかしい。  ユキも同じように考えてるのか、真っ赤にした顔を上げようとはしない。  えっと………………こういう時は、どうすれば良いの? 神様、教えて下さい。 「あっ……」「そのっ……」  私がこの状態をどうにかしようと声を出した。それに対しユキも、この状態を打破しようと思っていたらしく、動き始めた。どうにも間が悪い。  また、黙りこんでしまう二人。チラッと時計を見る。  ……そろそろ時間かな。 「あ、ああああの、お、おれ、トイレ行ってくるっ」  言い終わるのといほぼ同時に、ユキは滑るように、いや、実際、滑りながら部屋を出て行った。  行っちゃった。さてと……。  私は独りきりの部屋で立ち上がり、窓へと向かう。水色のカーテンと、窓を開け、窓の縁に腰を掛ける。  そこに座ると、この部屋の涼しい空気とは違った、ぬるく湿った空気が、入り込み混ざり始め、私を包み込む。  このあたりは住宅街。遠くの国道を走る車のエンジン音が聞こえてくる。 「ごめんね……」  そうつぶやいてから、目をつむり、私は外へと体重をかけた。  この瞬間だけは、いつまで経っても慣れることはない。  目を開いてみると、地面がスローモーションのようにゆっくりと近づいていた。  私は彼女。  ユキが居ないと駄目になる。  ユキに嫌われると消えてしまう。  それでも、彼女。  家の一階から声が聞こえる。 「タカユキっ、いつも学校から帰ってきたら部屋に籠って。……一人でいったい何してるのよっ?」  あれは、ユキのお母さんの声かな。 「うるさいなー。なんでも良いだろ別に」  これはユキの声だ。  ユキって、内弁慶なんだよね。ふふっ。  地面に当たりそうになるが、衝撃はなく突き抜けて、落ち続けてゆく。ちょっと、速度が緩んだかな?    何もない黒い世界。私はふわふわと浮いた状態でいる。そしていつものようにその状態のまま、まどろんでゆく。底になんて着かない。  ……ごめんねユキ、勝手に帰ったりして。それでも、また明日会えるよね。  何も見えなく、何も感じられなくなり、次に目が覚めるのは、また日のあたる場所。ユキとの待ち合わせ場所。その間、眠っているのか、気を失っているのか、それとも存在していないのか私には分からない。  明日はどんな髪型かなあ。どんな服かなあ。可愛かったらいいなあ。あ、でも、露出の多い服はやめてね。恥ずかしいから。  あ、顔と性格も変えないでほしいなあ。私自身は変えられたこと分かんないけどさ。なんとなく、私が、私でなくなってしまうみたいだから。  また、明日ね、ユキ。  ――私は彼女。ユキの、日下 隆行の彼女。
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