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「お前って嫌味なぐらい頭良いよな」
そう言うと、百点と書かれた紙を採点の終わった他の用紙と一緒に鍵つきの引き出しに仕舞う。
「……ま、百点満点の風岡君には何かご褒美あげなきゃな」
「えっ……」
期待するように観月先生の茶と緑色が混ざったような瞳を見詰めた。が、すぐに何かを思い出したように視線を逸らされる。
「でもあれか。中間試験あるしな。しばらくテスト勉強だろ」
そういえば来週から中間テストが始まることを思い出す。それで今日は校舎に誰も生徒がいないのだ。
「じゃあ、中間試験の結果次第で考えてやるよ」
「な、何点ですか……?」
前のめりになった僕のおでこをぺちんと叩くと、「お前なら百点取りそうだな」と先生は笑った。その自然な笑顔に引き付けられたが、先生が急に眉間に皺を寄せて舌打ちしたので、何かしたのかと戸惑う。
先生は机に向かうと、近くにあったメモ用紙に何かを書いて、僕の顔を見ずに差し出した。
「中間試験、点数良かったらこの店に来い。セックスしたいんだろ?」
あまりに直接的な言葉に顔が熱くなるが、僕は羞恥心をかなぐり捨てて、「はい」と小さくなりながら頷いた。
「じゃあ、そういうことで。俺は中間試験の問題作らなきゃなんねえから、もう帰れよ」
「すみません……失礼しました」
僕は少し肩を落として出入り口に向かうと、後ろから「最後にひとつ」と声を掛けられて振り向く。
「ちゃんと後ろ綺麗にして来いよ。色々面倒臭えから」
男性同士の性交渉にそれなりに知識をつけていたから、その意味が分かって恥ずかしくなる。顔を上気させて「はい」と返事をして化学準備室を後にした。
夕暮れ時の誰も居ない校舎を一人下駄箱に向かって歩く。まるで夢でも見ているような心地だった。でも確かに残る先生の唇の感触に、心臓がどくんと脈を打つ。
でも、僕は漠然と分かっていた。先生が二つの顔を持つ意味を。その先生の本当の姿を覆い隠すための表の顔が、誰かを意識して作られたものだということを。
それでも、僕はそのことから目を逸らして、初めて誰かを好きになった喜びのままに、ただ突き進んだ。
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