134人が本棚に入れています
本棚に追加
「ケン、今フリーだろ。慰めてやれば? 俺達家帰るしさ」
「いいじゃんいいじゃん! この子可愛い顔してるし、正直タイプでしょ?」
今何が起こっているのか、彼らの話が僕には少しも分からなかった。でも、僕は三人と一緒に上がってきたエレベーターに乗って、ホテルを出た。
「じゃねー!」
細身の男性が小柄の男性の肩を抱いて、二人は仲睦まじい様子で去っていくのをぼんやりと見送る。残されたケンと呼ばれていた男性は、頭の後ろを掻いて僕の方をちらりと見る。
「あんなこと言われても困るよな」
「……よく、言っている意味が分からなくて……」
ケン、と呼ばれていた男性は噴き出すように笑って、
「別に取って食うつもりないし、なんか深刻そうだからさ。この後暇だったら話ぐらい聞くけど?」
このまま帰っても、母親は出張中で家には誰も居ない。もう一週間、まともに親の顔を見ていない。急いで帰る理由も無かった。
「……終電まで、だったら」
「うん、全然良いよ。俺も明日仕事だし」
僕は良く分からないままだったが、ケンさんに付いてホテルからさほど遠くない場所にあった落ち着いた雰囲気のバーに入った。酒は飲めないと言うと、ジンジャーエールを頼んでくれて、ケンさんはピザみたいな名前のカクテルを頼んだ。
「御兄さん結構若いよね。もしかして初めての彼氏だったの?」
「……恋人では、無かったです。僕が一方的に、好きで……」
思い出して胸が苦しくなる。また泣きそうになると、ケンさんは「聞いて悪かった! ごめん!」と僕の背中を撫でてくれた。初対面の人間に親切にしてくれる人もいるのだな、と思う。
その後は「楽しい話をしよう」と言って、謙さん――漢字を教えてもらった――の今までの酷かった恋人の話やあの二人の特殊性癖――恋人が寝取られるのに興奮するのだそうだ――について聞いたりした。
最初のコメントを投稿しよう!