134人が本棚に入れています
本棚に追加
「一温はそういう割り切ったこと出来るほど器用じゃないと思うよ。だから、今度はさ、ちゃんと恋人としなよ」
優しく諭すように言われて、僕は小さく頷いた。謙さんは「俺は一温とすんの全然アリだけど」と笑って、グラスに残っていた酒を飲み干した。
休日の早い時間から店に入ったが、十時前には帰った方がいいと言われ店を出た。もしかしたら、謙さんは僕が未成年だと分かっていたのかもしれない。
真っ暗な家に帰り、ベッドに横たわる。今までは何も思わなかった独りの夜を淋しいと思うようになったのは、先生を好きになって、人肌の温もりを知ってしまったからだろう。
――いつか、きっとこの初めての恋を、懐かしく思う日が来るだろうか。
僕は目を閉じ、自分以外誰も居ない静寂の中、眠りについた。
「一温、起きなさい」
スマホのアラームが鳴る前に、枕元で声がして目が覚めた。驚いて身体を起こすと、冷たい目をした母が僕を見下ろしていた。
「着替えたら下に来なさい。話があるから」
母の怒りを必死に抑えているような顔に僕は恐怖を覚えた。きっとこの後良くないことが起こるのだという予感がしたから。
顔を洗い、制服に着替え一階に向かうと、いつも居ないはずの父が居て驚く。数日前に聞いた母の話では、こっちに来る予定はしばらくないようだったが。
「ここに座りなさい」
両親が並んで座っているダイニングテーブルの向かいに座る。母の顔からは怒りが、父の顔からは落胆の色が滲み出ていた。
テーブルの上には意味深に茶の大きい封筒が置いてある。
「……どうか、したの……?」
「どうかしたか……ですって?」
母の眉がぴくりと動く。そしてテーブルの上に茶封筒の中のものをぶち撒けるように出した。
最初のコメントを投稿しよう!