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「警察沙汰になれば身内の恥を晒すことになる。そんなことをさせるわけにはいかない」
――身内の恥。
それは淫らな行為をしたことに対してなのか、それとも僕が同性愛者であるということに対してなのか。
どちらにしろ、父は僕をもう、見放している。
「一温」
父の冷たい声が、頬をぴしゃりと打つ。僕を見る父の眼が恐ろしくて、僕は父の顔を見ることが出来なかった。
「今日から学校に行かなくていい。そして四月からの転校が間に合うか分からないが、別の学校に転校させる」
その父の言葉は、僕がもう二度と先生に会えなくなることを冷酷に宣告していた。
茫然として、物言えぬ僕の沈黙を同意と受け取った様子の父は、母に「後のことは頼んだぞ」と言って部屋を出て行き、その後玄関のドアが閉まる音がした。
「……あの人はいつも私に押し付けて……嫌になるわ」
母の深い溜息がリビングに満たされていくように、重い空気が圧し掛かる。
「貴方には、転校するまで外出を禁止します。これ以上、余計な仕事を増やされても困るから」
そう一方的に告げると、母はリビングを出て行った。きっと、これから仕事に行く準備をするのだろう。
僕は力なく膝を折り、地べたに座り込んだ。僕の一方的な恋は、ここで完全に終わりを迎えたのだ。
――そう、終わったのだ、何もかも。
涙は出なかった。ただ虚しい――虚しいだけ。
――もしあの時、僕が先生の過去を詮索するような真似をしなければ、先生との関係は続いていたのだろうか。
そんな「もしも」を考えてしまうのは、こんな状況になってもまだ先生のことが好きだからなのだろう。
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