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「未成年に淫行を働いた同性愛者の教師が居るって学校に伝えたのよ。匿名の情報ってことにして。学校側は淫行の事実は確認できなかったものの、同性愛者の教師が居たことは教えてくれたわ」
全身の血が、一気に冷たくなっていくような気がした。
「観月脩って、人気の若い先生だったそうじゃない? 今学校でどういう扱いをされているのか分からないけれど」
これだけは、と思っていた。僕が先生に迷惑を掛けるような真似はしたくない、と。
クラスでの接触は決してしなかったし、化学準備室を訪れる時は、周りに他の生徒が居ないことを確認していた。僕の我儘に先生を付き合わせて、犯罪者にはしたくなかったから。
僕は自分の部屋にあった鞄を引っ掴んで、家を飛び出した。後ろから制止する母の声が聞こえたけれど、気にも留めなかった。
せめて、こんな酷い事態になったことを謝りたかった。そして最後に、「さよなら」を言えたら。それで僕は、また淡々と熟すだけの日々に、戻れる。
鞄の中に入っていた通学定期で、駅の改札口を通過し、電車に乗り込んだ。定期には繁華街へ行って帰ってくるだけのチャージ金額が残っていた。
僕の足は真っ直ぐに、先生と何度も待ち合わせをしたバーに向いて走り始める。
華やかなネオン街も強面の黒服の男達も、もう怖いとは思わない。この街は、僕の不釣り合いな片想いさえ、包み込んでくれたのだから。
店のドアを開けると同時に、視線を向けられるのももう慣れた。僕がこの店の中で声を掛けるのは、いつだって一人だけだから。薄暗い店内の照明の中でも、僕はその後姿を見付けることが出来た。
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