第二話 初恋

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 そうして想いを募らせ悶々と過ごしていても、僕は先生に近づくことができなかった。クラスの教科担当ではなく、産休中の先生の代わりに観月先生が副顧問をしている吹奏楽部でもない。他の生徒のように親しげに話し掛ける勇気もなかった。  どうしたらいいか考えた時に、中間試験の前に実力テストが行われることに気付いた。成績には入らないけれど成績の悪い者は放課後補講もしくは再テストを受けることになっている。  僕は、とても簡単な、誰も三十点以下を取ることはないようなテストを名前だけ記入して提出した。勿論化学だけ。  翌日、担任の先生から観月先生が放課後化学準備室に来るように言っていたと言伝てを受けた。補講でも再テストでもないのだろうか。対象者が僕だけだから、説教されて課題を渡されるだけかもしれないと少し肩を落として、放課後特別教室棟に向かった。  中間試験前で部活動の生徒の姿もない。しんと静まり返った校舎で僕の足音だけが響いている。今この建物に居るのは、僕と化学準備室に居る観月先生だけだと気付いて胸が高鳴った。 「先生、風岡です。入っていいでしょうか」  緊張して声が震えていないか心配になる。扉の向こうから「どうぞ」と声がして、ゆっくりと戸を開けた。  先生は白衣を着てチェーンの付いた眼鏡を掛けていて、先生の机と隣り合っている脇机の前にある丸椅子に座るように言った。脇机には僕の白紙の答案が置いてある。 「どうして呼ばれたか分かっていますね?」  丸椅子に腰掛けた僕と先生は向き合って、膝を突き合わせるような格好になっていた。僕はこんなに近くに先生が居ることや僕ら以外いない密室であることを意識してしまい、言葉が出てこなかった。  先生は困ったように笑うとシャープペンシルを答案用紙の上に置いた。
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