第二話 初恋

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「きっと具合が悪かったんですよね。君なら百点を取っても可笑しくない内容です。他の先生には言っていませんから、ここでもう一度やってください」  ちらりと答案用紙を見てから、僕は膝の上に置いた両手に視線を落とす。と、先生の溜め息が聞こえて、僕ははっとして顔を上げた。 「成績に直接影響はないとはいえ、結果を報告しないといけないんです。他の教科ではほぼ満点に近い点数だったそうじゃないですか。何か……私に問題があったなら言ってくれませんか」 「も、問題、なんて……!」  夕日に照らされた先生の髪がきらきらと輝いている。綺麗だと思った。その波立つ栗色の髪に触れてみたい。眼鏡の向こうのヘーゼルの瞳に見詰めて欲しい。そして、僕に、優しく口付けて。 「……先生の髪の色は、自然のものですよね。目も、すごく綺麗な色で……」  思ったことをそのまま口に出してしまった。顔が熱い。心臓の音が先生に聞こえてしまいそうなほど高鳴っている。  でも後悔する前に、僕は先生の瞳がわずかに揺れたのを見逃さなかった。そしてその後に冷たい目になったことも。 「もしかして、風岡君……私のことが好きなんですか?」  どくんどくんと心臓が激しく鼓動する。呼吸が浅くなって、手に汗をかく。今言わなくて、いつ言うのだというのだろう。僕の気持ちを伝えるのは、先生が僕に僅かに真実を見せた今でなければならない。 「はい……先生が、好きです」  レンズの向こうの瞳が真っ直ぐに僕を見詰めている。と、先生が立ち上がったかと思うと、眼鏡に手を掛けていた。見上げると取り去った眼鏡が首からぶら下がっている。そして、僕を綺麗なヘーゼルの瞳が捉えていた。 「じゃあ、キスするか?」  低い、声だった。呼吸するのも忘れて吸い込まれるように瞳を見入る。先生は身体を折って僕の顔を覗き込むようにして、僕の顔に手を伸し、顎を指で持ち上げた。  が、先生は鼻で笑うと、さっと手を引いた。 「冗談だよ」  その嘲りと僅かに憂いを含んだ声に、僕は再び眼鏡を掛けようとした先生の手を反射的に掴んだ。
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