#3 chaos

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#3 chaos

これは音沢が入部する前、つまり、Melody・Holicが結成する前であり、天才たちが群雄割拠していた頃の話である。 主人公は、次期部長候補と名高い詩葉である。 俺はようやく二年生になった。 後輩が入部するということもあり、恥ずかしいが、少しワクワクしている。 「うたっち、嬉しそうっすね!」 「奏出にはそう見えるかい?」 「いつもすまし顔のうたっちだから珍しいって思ったの。」 「そうか…。俺も表情を意識するべきだね。感謝するよ。」 意外と見ているんだね、奏出は。 常に一定の感情で居ようと心掛けているからそう見えるのだろうか。 「ちわーす、おっ!みんな、集まってんなー。」 「こんにちは、詞王部長。」 「詩葉、お前はしっかりしてんなー。偶には肩の力、抜いとけよ。」 「…はい!」 俺と同じドラムで、人望もあり、信頼されている。 それが、名門軽音部を束ねる部長、詞王凪冴先輩。 圧倒的なセンスで凌駕する偉大な先輩だ。 「今日から仮入部期間だ。実力主義だが、初見の後輩には手厚く応対するんだぞ。邪険に扱ってビビらせんなよ。特にうちは入ってくる数も多ければ、その分、抜ける数も多いのが現状だ。なるべく、好印象を抱いてもらえるようにな。特に唄部!お前は上手いんだから優しく接してやるんだぞー。いつまでも愛想は無い一匹狼を気取っても構ってやると思うなよ?」 「へーい。」 「ったく、返事もまともに返せないのかークソガキの唄部クンよー。」 傍に居て手に取るように分かる。 人の扱い方が本当に上手い。 部長になるべくしてなったと言っても過言ではないだろう。 俺はただ、密かに分析することしか、出来ない。 「それにしても、全員集まると壮観だなァ。ざっと百人か…。あはは、流石は吹部含めて音楽に強い高校だな。」 「そうっすよねー、キャプテン。」 「おいおい、奏出ェ、キャプテンとか恥ずかしいから止めろよなァー。」 部長の周りは笑顔が溢れている。 それに必ず、誰かと話している。コミュニケーション能力が高い。 「律川、ピアノコンクールは順調かー?」 「はい。暗譜もして指も狂いはありません。」 「頑張れよー。そんで、偶にはお前のピアノ、聴かせてくれよ。ライバルのあいつにも負けんなよー?負けたら部活、辞めるぐらいの覚悟で挑めよ-?」 確かに律川は軽音部に所属してながら、バンドを組まず、ピアノを優先するという異質な人物で、他の部員からしたら、バンド活動に重きを置かないわがままな奴というレッテルを貼られてもおかしくない。 それでも、彼に反感が起きないのは部長のお陰だろうな。 「響木はいつも残って自主練して疲れてそうだなァ。そろそろ、様々なバンドに入っては抜け、その繰り返し、止めたらどうだー?精神的にも肉体的にも疲れるだけだぜー。まあ、それが出来るのはお前の努力と才能なんだろうが。」 「分かってますよ、センパイ。」 「うちの主力だからな、響木は。よっ!次期エース!」 「俺はオールマイティーなセンパイとは違ってドラムは出来ないっすよ。」 「それはこいつ、詩葉が居るから安心しろ。将来は安泰だ。」 「ちょっ、詞王部長っ!?」 隅に居た俺を見つけて引っ張って、無理矢理、連れられた。 俺は面識はあったが、響木とはあまり会話をしたことが無かった。 多分、俺と響木は一緒に居るようなタイプじゃないという認識が、お互いにあったんだろう。 「響木、詩葉を支えてやってくれ。」 「何で?」 「俺にも部長の真意が分かりません。」 「揃いも揃って察しが悪りィなー。いつまで後輩気分に浸っているつもりなんだよ、お前らは。」 「詩葉は俺が今後、指名する部長なんだぞ。周りに居る同級生のお前や他の奴らが支えないでどうすんだよ。」 それが俺には物凄く嬉しかったが、同時に俺が詞王部長の代わりになるんだと自覚するだけでクラクラしそうだ。 胸は高鳴っているが、プレッシャーが凄かった。 「そういうことかよ、センパイ。」 「頼んだぜ、次期エース、そして、次期部長!」 そう言って、部長は俺の背中と響木の背中を叩いた。 ―次期部長。 甘美な響き。 でも、俺にあの人の代わりなんて務まるのだろうか。 個性の強い部員たちをまとめられるのだろうか。 不安だけが募るばかりだ。 二人きりの空間。 響木と目を合わせるのはよそよそしい。多分だが、これが初めてだった。
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