第四章 カノジョの未来、彼女の願い

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 水の結界内にアレの咆哮が渦を巻いて響く。  アレのザラリとした皮膚からも悲しみの震えが伝わってきた。 「く・・・」  妙子にはアレの悲しみがわかる。洞窟の中で、アレは妙子を見ながら少女を見つめ、恋焦がれて吠えていた。  ヒリヒリと。  ただただ、焦がれていた。  その感情に引きずられ、取り込まれかけた。 (カノジョを焦がれてる自覚がないんだから、性質(たち)が悪い。どこかの誰かみたい)  額に汗が浮かぶ。  アレを取り逃がさないようにしながら結界を維持するのは、かなりキツイ。 「早くっ!!」  思わず叫んでいた。この結界がなければ、アレを倒す望みも潰えてしまう。 (来た)  妙子の感覚に、鋭い気配が突き刺さった。その瞬間、水の結界が大きく揺れ、外側から無数の蔓が突き立っていた。 「くっ」  妙子は全身に走った痛みに、思わず声を上げた。  妙子の結界は、自らを媒体として形成されるタイプのものだった。巫女の血筋と言えど、血の力は圧倒的に薄れている。そのため、この方法でしか結界を生み出すことができなかった。このタイプの結界は、力が弱くても比較的形成しやすい。だが、結界に及ぶ攻撃はダイレクトに自身にも及ぶことがデメリットだった。  脂汗が浮かぶ。堪える妙子を、更なる痛みが襲った。  一本の蔓が、水の結界を突き通したのだ。蔓はこじ開けた穴を、容赦なく押し広げていく。  妙子とグランの力比べ。グランがこの結界の成り立ちを知っていたら、決して出来なかったであろう。 (優しくて真面目な人は、心が決まると容赦ないな)  痛みに歯を食いしばっているのに、妙子はグランの優しい笑顔を思い出し、悲しいくらいうれしく思った。グランさんに声をかけてよかった。  そう思ったのも束の間。  ピリッと肌が焼ける気配がしたかと思うと、炎と風の激しい渦が結界内に飛び込んできた。  狭い結界の中、火の力の一族と風の力の一族の放った力が、絡み合い、ぶつかり合い、暴れまわり、さらに勢いを上げていく。  妙子は、ギリッと奥歯をかみしめた。  結界を壊すわけにはいかない。  妙子と少女の二人がかりで物理的に動きを封じられているアレが、炎と風に晒され悲鳴を上げている。 「ううっ」  妙子は、この瞬間のために水の一族の力を身の内に溜めてきた。カノジョが眠りの中で溜めてきた力も合わせ、簡単には壊されない強固な結界を作る。 (夏澄さんと彼の力程度で、壊されない)  すべてはアレを閉じ込め滅するため。   だが、妙子にとって、扱いなれない力だった。  体が先に悲鳴を上げた。アレの腕を掴んでいた手が抜けてしまった。 「っ!」  再び掴み直す前に、アレが自由になった両腕を振り上げた。  アレは風と炎の渦を払うように自らの力をぶつけようとする。しかし、目の前に少女がいて思うように動き出せない。  それでも、少女もろとも振り払おうと、鋭い爪を出し、腕を振った。 「まだよっ」  少女が暴れるアレを、もう一度押さえ込もうと動いた。  アレの爪が何かをえぐった。  赤い粒が、結界内に散った。少女の目にも、風に舞う赤い粒が見えた。  少女がはっとして妙子を見た。  妙子は、八王子たちがいるはずの方向に目をやった。腕がもう上がらない。視界がぼやけているのは、とっくのとうに眼鏡が飛ばされ、裸眼だからか。  それでも、八王子がこちらを見ているのがわかる気がした。絶望したような顔で、今にも泣き叫びそうな様子をしている。  妙子はなぜか、笑みを浮かべていた。 (怒られ損ねたわね)  少女が妙子を見た。妙子も少女を見た。少女が何か言いかけるのを、妙子は首を振って止めた。  妙子は大きく息を吸うと、残りの気力を振り絞って水の結界を強めた。  わき腹から鮮血が溢れるのを、押さえることもしない。むしろ、自分の血液という水分も余すところなく使う気だ。 「終わらせる!」  結界が、再び白く爆発し、風に巻きあがり炎に焼かれた鮮血と交ざりあって、淡いピンクとなって光を放った。 「妙子ぉ―――!!!!」  が絶叫した。  だがその声は、水の結界が放つ爆風にかき消された。   ☆  ☆  ☆
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