第四章 カノジョの未来、彼女の願い

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「うーん、でも、私がいたら、こんなに素直ないい子にはならなかったかもしれない。茂さんのあの天然さが、いい具合に影響したのかも。そんな気もする。でもやっぱり母親としては、そばで見守りたかったわー」  先ほどまでのしっとりした再会の喜びなどどこへやら、るいはあれこれと繰り言のようなことを言い始めた。表情もコロコロ変わる。  妙子はぽかんと、その変わりようを眺めた。  幼い頃から父や親戚たちに聞かされてきた母のイメージは、清楚華憐で病弱で、線の細い女性。それでいて、巫女舞の写真に切り取られた立ち姿からにじみ出る、凛とした強さをたたえた人だった。  困難や逆境のなかでも笑顔を絶やさないでいられる人。  父の語る母は、いつだって笑顔の人だ。 (さっき父のこと、"天然"とか言ってた)  そういえば、と思い出す。  小学生になって、家の棚の中から偶然、あの水色のノートを見つけて、それが母の書いたものだとわかった時の最初の感想。 「字、きたない・・・」  でもそれが、妙に嬉しかった。どこか聖女みたいだった母が、ふつうの人だと、身近に思えたのだ。  目の前でなにやら百面相をしているるいは、やはりふつうの人なのだ。  るいが、ぽかんとしている妙子に気づき、あらなあに、と言うかのように小首を傾げた。  一瞬、自分がそうしているように見えて、妙子は思わず吹き出した。 「人の顔を見て吹き出すなんて失礼よ」  まるで少女のように、るいは頬を膨らませた。妙子はますます笑った。 「だって、やっぱり似てるんだなって思っちゃって」  今度はるいがぽかんとした。  妙子は笑う。屈託なく、楽し気に。  るいはゆっくりと、大きくほほ笑んだ。 「大好きよ、妙子」  るいの言葉に、妙子はぎゅっと胸を掴まれた。 「うん、私も」  るいが再び妙子を抱き寄せた。 「ありがとう、妙子。優しい子」  妙子の耳元に、るいの柔らかい声が響く。  妙子は目を閉じた。心地よい。このままこうして、穏やかに母といるのも悪くない。そう思い始めていた。  そんな妙子の心模様がるいにも伝わったのかもしれない。 「ねえ妙子、私とで、皆を見守るの、どう思う?」 「ここで?」 「そう。もう運命と闘う必要もない。で、平穏に過ごすの」  妙子は身を起こし、るいを見た。るいは穏やかに、優しくほほ笑んでいる。  なにもかもに疲れを感じていた自分の気持ちを、知っていたのだろうかと妙子は思った。  その言葉の甘さに包まれたい。  平穏に。  静かに。  皆が生きている姿を見守る。  茂には楓がいる。そして、二人の子供も生まれる。寂しくはないだろう。  妙子の口が、ゆっくりと開く。 ――――――そうしたい。  でも、その言葉は遮られた。   ☆  ☆  ☆
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