第四章 カノジョの未来、彼女の願い

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 妙子の目に映ったのは、強い決意を宿しながらも、ほがらかな表情のるいだった。 「お母さん・・・」 「あの人には、もっともーっと幸せを知ってもらわなきゃ」  るいはにっこりと笑った。 「妙子、あなたは今から皆と生きていくことを考えればいいわ。茂さんや新しい家族との毎日。お友達や、この少年との日常。将来、どんな風になりたいか。どんな大人になって、どんなおばあちゃんになっていたいか。今から心置きなく想像して、ワクワクすればいいの」  るいは妙子の手を取った。 「あなたはまだ16歳だもの。もう少しで誕生日だけど、それでも17歳よ。なんでもやれるわ」  るいはちらりと八王子を見た。 「私は茂さんと19歳で出会って、その後は駆け落ち同然で郷を出て、妙子を産んで、少しだったけど育てることができた。たった数年だったかもしれないけど、幸せだった」  るいは妙子の手を引き、八王子の隣りに並ばせた。戸惑う八王子に、るいがいじわるっぽい笑みを向けた。 「ま、この少年を選ぶ必要はないけど」 「うっ」  調子に乗るなと釘を刺されたように感じた八王子は短く呻き、その様子に妙子が苦笑した。  なんにでも素直に反応する八王子を見ていると、少しだけ肩の力が抜ける。気を張っていたんだと、自覚できる。  遠くで流れる水の音が、耳に心地よく響く。  妙子は顔を上げた。 「お母さん」  妙子の方から、るいに抱きついた。 「私、戻る」 「うん、行ってらっしゃい」  るいが優しく妙子の頭を撫でた。妙子は、るいの体に回した腕にぎゅっと力を込めた。たぶん、これが最期になる。  二人を眺めていた八王子の耳に、水の流れる音が聞こえてきた。背後の小川を振り返った。心なしか、水量が増えている。 「ねえ、妙子」  八王子が妙子の服を、そっと引っ張った。  妙子は気づいていた。耳に届く水の音が、大きくなっていることに。  当然、るいも気づいている。  たぶん、このまま小川の水は溢れる。そして、自分たちを飲み込むだろう。  妙子は、慌て始めた八王子を頷いて黙らせると、るいに向きなおった。 「お母さん」  るいはすべて悟ったような笑みを浮かべつつも、「ん?」と軽く首を傾げた。  妙子はるいの手を取った。 「お父さんに、伝えたいことを言って」  るいの目が大きく見開いた。予想外のことだったのだろう。 「伝えるから」  妙子の真剣な目を見て、るいは少し黙ったが、すぐに笑みを浮かべた。 「・・・もう、伝えてあるわ」  るいは、自分が逝く間際の病床で、涙を流しながらもなんとか笑みを浮かべようとした茂の姿を思い出した。あの時、伝えたいことはすでに言ってある。茂がこの先、前を向いて生きていけるよう、考えて考えて、考え抜いた言葉だ。幼子だった妙子は、知らないだろうけれど。 「それでも。もう一度」  妙子は食い下がった。 (この子も茂を愛している)  真っ直ぐな瞳の妙子を見ていると、茂を思い出す。やはり父と娘だ。根底に流れる情愛の深さは同じ。 (ただ、私のちょっとひねくれた性分も受け継いでるみたいだから、わかりにくいけれど)  るいの手に、妙子の手の力強さが伝わってくる。  小川の上流のほうを見ていた八王子が、「妙子っ」と小さく叫んだ。 「やばい、すごいのがくるっ」  水煙を上げた大波が、轟音とともに迫ってきていた。  妙子は、再びるいの手を強く握った。  るいが笑った。 「じゃあ、お願いしようか」  るいは妙子の耳元に唇を寄せると、何事かを伝えた。  妙子は強く頷いた。  大波がすぐそばまで来た。 「さあ行って」  るいは妙子を、八王子に向かって押した。 「あっ」  バランスを崩した妙子を、八王子はしっかり受け止めた。が、そのまま水量が激増した小川に落ち、強い流れに飲み込まれた。  水の流れにもみくちゃにされながらも、妙子の目には、手を振るるいの姿が、最後に焼きついた。   ☆  ☆  ☆
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