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終章
太陽の日差しが暴力的なまでに暑い夏が来た。午前中だというのに、目がチカチカするくらいアスファルトの照り返しが眩しい。
(今さらだけど、よくまあこんな暑い中、野球やってたな、俺)
八王子は住宅街を歩きながら思った。日陰を選んで、右に左に移動しながら歩いていく。
日野原家へ向かう途中だ。
高校3年の夏休み。八王子が在籍していた弱小野球部は、6月の予選大会で3回戦敗退。ピッチャーとしてがんばり続けた野球生活は終わりを告げていた。でも、八王子の心は、やりきったという満足感でスッキリしている。たぶん、これからも野球は好きで、趣味みたいな感じで続けていくだろう。
次にがんばらなければならないのは就職だ。定期考査は毎回赤点ギリギリで、勉強ができるわけではない八王子は、高校卒業後は働くことを選んだ。
そんなわけでこの夏は、受験勉強もなく、部活動もなく、好き勝手過ごせる最初で最後の夏なのである。
なのだが。
八王子は、日野原家の家の前に到着した。
門を開け、玄関前に向かう。
あの2月の事件から、半年が過ぎた。
青年は現れなくなり、あの巨大な力を持った妖しも消えた。奇妙なことや不思議な現象も、周囲で起きなくなった。昨年1年間がすべて夢だったのではないか、と思えてくるほどの穏やかな日々が続いている。
しかし夢ではない。
八王子は左手を顔の前にかざした。軽く上下にひらひら振る。ぶわっと風が吹き付けた。手で扇いでいるにしては、少々強い風が起きている。
顔の汗が少し引く。
「このマンパワー扇風機、意外と便利」
風を操る一族としての力は消えなかった。コントロールもかなり上達してきたので、もう、多少の感情の揺れでは暴走しない。
玄関チャイムを鳴らした。
「はーい」
家の中から明るい声がし、玄関が開いた。
「颯ちゃん、いらっしゃーい」
楓が顔を出した。八王子は持っていた紙袋を差し出した。
「母さんから。旅行土産だって」
「おーありがとう。次はいつ行くんだっけ?なんか拍車かかってない?いつ連絡しても旅行先なんだけど」
「だよねー」
「おっと、暑いよね、ささ入って」
紙袋を受け取りながら、楓は八王子を家の中へ招き入れた。家全体がほどよく冷えていて涼しい。灼熱の中を歩いてきた八王子は、天国のような涼しさにほっとした。
「お邪魔します」
まずは洗面所へ向かい手を洗った。この家での新しいルール。
(やっぱ、なんか空気っていうか、雰囲気が変わったよな)
妙に明るいというか、生命力に満ちているというか・・・。
その理由に思いを巡らせながら、八王子はリビングへと入った。そして、目に入った光景に目を細めた。
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