終章

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 住宅街の一角に、赤い屋根の上にちょこんと十字架が乗っている小さな教会がある。その教会の若い牧師の名は、樹グラン。敷地の庭に、立派な家庭菜園をこしらえ、野菜を育てている。質素倹約な暮らしのためである。ちなみに豊作のときには、ご近所や知り合いにお裾分けもする。  薄い色付きのサングラスをかけ、長身で日本人離れしたグランの容姿は、初対面では少々とっつきにくさを与えるが、柔和な物腰と穏やかな笑みを見れば、すぐに彼が誠実な青年であることがわかるだろう。  そのグランが、夏野菜を籠いっぱいに載せて、教会に併設している台所に現れた。  台所にいた妙子は、籠を受け取り感嘆の声を上げた。 「うわあ、美味しそう」 「貴和子さんのアドバイスを受けながら育てましたら、今年はこんなに立派に成りました」  グランは嬉しそうに言った。  "貴和子"とは、妙子の母方の祖母の名である。グランと貴和子が、あの事件以降も連絡を取り合っているのは知っていたけれど、すっかり家庭菜園仲間といった様子である。 (里以外の人にこんなに気さくにしているお祖母ちゃんが珍しいのか、人の懐に入り込むのが上手なグランさんがすごいのか)  つやっとした照りをみせる茄子を手に、しげしげと眺めながら妙子は思った。なにはともあれ、上手く付き合っているようでなによりである。 「本当にこんなにいただいていいんですか?」  そもそも妙子がこの教会に来たのは、野菜のお裾分けでグランに呼ばれたからである。  植物、というか大地の力を読むことができるグランが作る野菜はとても美味しい。楓も茂もすっかりファンだ。そこに、貴和子のアドバイスも加わったとなれば、そうとう期待できるだろう。  トマト、茄子、ゴーヤ、キュウリに大葉、ズッキーニもある。 「農家になれそうですね」  妙子は半分冗談、半分本気で言った。 「いえいえ、この庭だけで精一杯です。それに」 「それに?」  グランが妙子を見て、ちょっと照れたようにほほ笑んだ。 「夏澄さんには似合いません」 「なるほど」  妙子は同意した。  いちおう大きめの買い物バッグを持ってきてはいたが、段ボールをもらうことにした。採れたて野菜がいっぱいになった。 「持って帰れますか?」  グランの心配をよそに、妙子は余裕で頷いた。 「大丈夫です。荷物持ちを連れてきてますから」  もちろん"荷物持ち"とは、八王子のことである。グランは八王子への同情的な表情を浮かべ苦笑した。 「でも、もう少し小分けにしましょうね。そういえば、その八王子くんはどちらへ?」  グランが顔を上げ、気配を窺うような仕草を見せた。  妙子は、ああ、と言った。 「八王子なら、楓さんからの宿題に取りかかってるところだと思います」 「?」  八王子で遊ぶときに見せる笑顔を妙子が浮かべていることに、グランが気づかないのは幸いか。
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