彼の本音

4/6
前へ
/10ページ
次へ
 ほっとしたのもつかのま、気づけば皿を持った髭ボウズの大将が俺たちのテーブルのそばにいた。 「作りすぎたんでサービス。うちのはニンニク抜きだから」  そう言って一人前の餃子を置きグッっと親指を立ててから、厨房に戻っていく。その様子を目で追ってたら、カウンター席の常連らしいおっさんや爺さんと視線がぶつかって、同じように親指をグッとされた。  いや、応援してくれてるっぽいのは嬉しいけど、こんな(いき)なことされても。……このあとなにも進展なさげなんだよなぁ。  それに「餃子もおいしいね」って幸せそうな顔を見たら充分っていうか。特別なことなんて起こらなくてもいい。もう満足。あと、すごいもりもり食べてるのもいい。自然体でほほえましい。 「次回使えるトッピング無料券っす」  会計のとき同世代のバイトらしき人にまで親指を立てられ、こそばゆいような気持ちで店をでた。  いい人たちだったな。必要以上に喋ったことない(常連さんらは喋ったことすらない)のに、よくしてくれて。ありがたい。  それもあって、このままあっさり『おしまい』にするのが惜しくなった。 「せっかくだから、ちょっと買い物つきあってもらっていい?」  なにがせっかくなんだ、と頭の片隅で自分に反論しつつ、心臓バクバクでお願いする。  私も見たいものがあったんだ、と了承してもらえて、心の中で「よっしゃあ!」と雄叫び。けど、舞いあがりっぱなしにはならなかった。  とにかくもう嫌なこととか、しんどい思いをさせたくない一心で、表情や声のトーン、些細な変化に神経をはりめぐらせていた。  そしたら、ちょうどすれちがった家族連れの父親が、「休みの日は休みたい」ってボヤいたのが耳にはいって。  バシーン! と頭をはたかれた気がして、目が覚めた。  そうだよな。毎日仕事してんなら、休みの日は休みたいよな。なのに俺、あれこれ理由つけて連れまわすとか幼稚な手をつかったりして。  後悔。反省。この店をでたら潔く解放しよう、と心に決めたのは、あの人が雑貨屋で鳥の形のブローチを見ていたときだった。 「かわいいね、それ」  声をかけると、瞳を輝かせてふり返る。 「凝ってるよね、作りが」  ハンドメイドらしい陶器製で、ほのぼのしてるのがピッタリだと思って、ひらめいた。 「プレゼントするよ。いろいろつきあってもらったお礼」 「えっ、いいよそんな。お昼おごってもらったし」 「遠慮しなくていいって」 「いや、ほんとに」  俺の手からブローチを奪いとるようにして、とめるまもなくレジに向かう。その背中を見てたら、ぐっと胸がつまったみたいになって。会計をすませて戻ってきたあの人に、つい口走ってしまった。 「もっと頼ってくれてもいいのに」 「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、そういうの苦手なんだ。自分のことは自分でしたいっていうか」  気づいてたけど、この人かなりの甘え下手。でも、それって我慢ばかりしてきたせいなんじゃと思ったら、どうしようもなく切なくなった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加