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ほっとしたのもつかのま、気づけば皿を持った髭ボウズの大将が俺たちのテーブルのそばにいた。
「作りすぎたんでサービス。うちのはニンニク抜きだから」
そう言って一人前の餃子を置きグッっと親指を立ててから、厨房に戻っていく。その様子を目で追ってたら、カウンター席の常連らしいおっさんや爺さんと視線がぶつかって、同じように親指をグッとされた。
いや、応援してくれてるっぽいのは嬉しいけど、こんな粋なことされても。……このあとなにも進展なさげなんだよなぁ。
それに「餃子もおいしいね」って幸せそうな顔を見たら充分っていうか。特別なことなんて起こらなくてもいい。もう満足。あと、すごいもりもり食べてるのもいい。自然体でほほえましい。
「次回使えるトッピング無料券っす」
会計のとき同世代のバイトらしき人にまで親指を立てられ、こそばゆいような気持ちで店をでた。
いい人たちだったな。必要以上に喋ったことない(常連さんらは喋ったことすらない)のに、よくしてくれて。ありがたい。
それもあって、このままあっさり『おしまい』にするのが惜しくなった。
「せっかくだから、ちょっと買い物つきあってもらっていい?」
なにがせっかくなんだ、と頭の片隅で自分に反論しつつ、心臓バクバクでお願いする。
私も見たいものがあったんだ、と了承してもらえて、心の中で「よっしゃあ!」と雄叫び。けど、舞いあがりっぱなしにはならなかった。
とにかくもう嫌なこととか、しんどい思いをさせたくない一心で、表情や声のトーン、些細な変化に神経をはりめぐらせていた。
そしたら、ちょうどすれちがった家族連れの父親が、「休みの日は休みたい」ってボヤいたのが耳にはいって。
バシーン! と頭をはたかれた気がして、目が覚めた。
そうだよな。毎日仕事してんなら、休みの日は休みたいよな。なのに俺、あれこれ理由つけて連れまわすとか幼稚な手をつかったりして。
後悔。反省。この店をでたら潔く解放しよう、と心に決めたのは、あの人が雑貨屋で鳥の形のブローチを見ていたときだった。
「かわいいね、それ」
声をかけると、瞳を輝かせてふり返る。
「凝ってるよね、作りが」
ハンドメイドらしい陶器製で、ほのぼのしてるのがピッタリだと思って、ひらめいた。
「プレゼントするよ。いろいろつきあってもらったお礼」
「えっ、いいよそんな。お昼おごってもらったし」
「遠慮しなくていいって」
「いや、ほんとに」
俺の手からブローチを奪いとるようにして、とめるまもなくレジに向かう。その背中を見てたら、ぐっと胸がつまったみたいになって。会計をすませて戻ってきたあの人に、つい口走ってしまった。
「もっと頼ってくれてもいいのに」
「ごめんね。気持ちは嬉しいけど、そういうの苦手なんだ。自分のことは自分でしたいっていうか」
気づいてたけど、この人かなりの甘え下手。でも、それって我慢ばかりしてきたせいなんじゃと思ったら、どうしようもなく切なくなった。
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