彼女の事情

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 とはいえ、せっかくの連休。遠出するほどの気力はなくとも、ひきこもるのはもったいないし、かえって気がめいる。と隣駅にある大きな公園まで来てみれば、恨めしいほどの秋晴れ。十月になりたての行楽シーズンと呼ぶにふさわしく陽はさんさんと降りそそぎ、風は優しく肌をなでる。  芝生の広場に腰をおろせば、目に映るのは眩しい光景。お弁当を楽しむカップル。仲睦まじく寄り添う老夫婦。友人同士でわいわい。幸せにみちた家族連れ。お昼寝中のわんちゃんの姿だってある。  そんなまっただなかに、ぽつん。  私だって本当なら、いまごろ日光で温泉や紅葉を満喫しているはずだった。ホテルいちおしの湯葉コースに、名物食べ歩き。めったにない贅沢のために、こつこつ節約して資金もためた。  なのに現実は、近場でこのざま。……悲しくなってきた。私、(ばち)があたるような悪いことしたっけ。要領よくなくても、まじめに頑張ってきたつもりだったのに。  膝をいだいた姿勢のまま横たわり、まぶたを閉じる。  ああ、このまま消えてなくなりたい。そしたらもう、つらい思いをしなくてすむ。理不尽な目にあって傷つけられることも。  私けっこう限界だったんだな。日々を乗りきるのに必死で、そんなの気にもとめてなかったけど。  でも、じゃあ、どうすればよかったんだろう。どこか遠くにでも行ってしまえばよかったんだろうか。仕事も生活も、なにもかも投げだして。  できるはずもないことを妄想するしかないやるせなさに、身も心もきゅううと縮こまる。  メンタルも未来もまっくら。希望の光なんてどこにもない。私の人生は終わりだ。いや、そもそも始まってすらいなかったんだ。  そんなふうにどん底まで落ちていたとき――突然、声が降ってきた。 「あのう、大丈夫ですか」  億劫にまぶたを持ちあげる。すぐそばで男の人がしゃがみこみ、私をのぞきこんでいた。切れ長の目が印象的な、知らない顔。……誰? ていうか、夢? 「どこか具合でも悪い?」  続けて尋ねられ、なかば茫然としたまま体をおこす。その拍子、ほろりと頬を伝ったものに気づき、慌ててぬぐう。 「はい、あ、いえ、そうでもなくて」  どっちだ、と心の中で自分につっこみながら涙声で答える。 『大丈夫ですか』――たったそれだけの言葉ですら嬉しくて、己の意思とは関係なく次から次に涙がこぼれる。  だが慈悲をくれた張本人はそんな私を見ると、とまどった様子で踵をかえし、あっというまに遠のいてしまった。  再び、ぽつん。  ひときわ吹いた秋風が、髪を踊らせ通りすぎていく。
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