彼女の事情

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 放心のち得心。そりゃそうだ。みんな楽しげにすごしてるなかで丸まって泣いてる人になんて関わりたくないよね、挙動不審だもの。  よし、このままいても周りに迷惑かけるだけだ、すっぱりと帰ろう。  どうにか涙がひっこませ、心を決める。ところに、芝を踏む音が勢いよく近づいた。 「これ、けっこう、美味しくて。嫌いじゃ、なければ」  息せききって戻ってきた彼が、チルドカップのメープルラテをさしだす。公園の向かいのコンビニで買ったらしい。  予想外。さらには、よければ話を聞くとまで言われて、ぽかん。  こんな善意の人が存在するわけない、なにか裏があるのでは、と訝しみはしたが……だとしても正直、誰でもいいから鬱積を吐きだしたかった。  お言葉に甘え、隣に腰をおろした彼に事情を話す。つまらない内容でも嫌な顔ひとつなく傾聴され、言うだけ言って冷静さをとり戻したら、ひたすら申し訳なくなった。 「すみません、見ず知らずの方にこんな愚痴を」  ぺこぺこと頭をさげるも、彼はまったく気にしていないふうに笑う。 「ぜんぜん。むしろ、そんなに大変だったのにちゃんと頑張ってて偉いと思うよ。弱音くらい言ってもいいんじゃない?」  社交辞令だとわかっていても、じぃんと胸があつくなる。こんなにも優しくされることに飢えていたとは、自分でも驚きだ。  よみがえりそうになった涙をメープルラテでごまかすのを見ないふり、彼が話を転じる。 「このへん、よく来たりするの」 「逆方向で定期の範囲外だから、なかなか」 「だったら、少し気晴らししてみない? 散歩がてら」  まさかのお誘い。どんな犯罪に巻きこまれるかわからないご時世だ、否が応でも警戒心が芽生える。  だけれど、けっきょく首を縦にふってしまったのは、胸底に沈殿する暗いものを払拭できるものならという一縷の望みと、彼の笑顔が小悪魔的でありながらどこか憎めなかったせいかもしれない。  それと、声も。ぴんと張りがあるのに柔らかくて、耳心地がいい。心を許してしまう、安らぎの響きだ。  まあ、休日の昼間で人通りもある。いざとなれば助けを呼ぶか、全力で逃げればなんとかなるだろう。  腹をくくり、連れだって公園をでる。案内されたのは歩いて十分ほどの、開運のご利益があるという神社だった。  わりと有名どころで参拝者も多く、警戒心メーターがぐぐっと下がる。なんて健全な場所。しかもパワースポットらしい大いちょうは、いずれお目にかかりたかったので非常に嬉しい。  それになんといっても、こういうときは神頼みだ。なにとぞ開運。あと金運。できれば仕事運と対人運。とにかく、ストレスフリーで生きていけますように……!
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