彼の本音

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「ダメなら断ってくれていいよ。これ以上、無理してほしくないし」  笑顔をつくってみたけど引きつる。俺、怖すぎるだろ。いきなり意味不明な言動して。  普通なら拒絶やむなし案件。なのに承諾してくれたこの人は、やっぱり優しい。  混乱気味のふわふわした頭で連絡先を交換した。そこで、はじめて名前を知って。家に帰るまでも、帰ってからも、飴玉でも転がすみたいにそれを何度も口の中で転がして。  ……なにやってんだ、俺。  正気に戻って、貰ったお菓子を食べた。めちゃくちゃ美味かったけど、食べなれない上品な味がした。  社会人ってカネあるんだろうな。学生とはちがうよな。なのに、あんな誘い方してヤバくないか。もし期待はずれって、がっかりされたら。  だとしても、この期におよんでナシにしたくなかったし、まだ時間はある。リサーチでもなんでも、やれることは全部やればいい。  それからは、たぶん人生最高に悩んですごした。  そもそも年上の女の人と出かけるって、どんな格好すればいいんだ。気合いいれすぎて「うわぁ必死」って思われるのはキツイ。って、カネも。最近そんなに買い物してないから、残高あると思うけど……。  当日。けっきょく一周まわって、いつもの格好になった。懐は、バイト代がはいったばかりで余裕があるし、いざとなれば実家を離れるときばあちゃんが持たせてくれた一万円札だってある。うん、いける。なんの問題もない。  待ち合わせは、ここらで一番でかい街の駅前。だいたいのものが揃うし、バイト先の最寄りだから土地勘もある。 「ごめんね。お待たせ」  約束の五分前。あの人が俺を見つけて駆けよってくる。二本早い電車で来たのがバレないよう笑ってごまかす。 「俺もさっき来たとこ」  実際に会って、別の意味で安心した。あまりデート感のないシンプルな格好(そんなつもりで来たんじゃないだろうし)だったのがプレッシャーにならずにすんで。  それでも前回より、どことなく明るさがある。 「なんか今日、雰囲気ちがうね」 「こないだは、ほんと気のぬけた格好で。ほぼノーメイクだったし。お見苦しかったよね、ごめん」  ちょっと引っかかる。この人は悪くもないのによく謝る。けど、微妙な空気にしたくなかったから、あえてそこにはふれず。 「そう? 俺はどっちも好きかな。それぞれの良さがあるし。メイクしてるのも、してないのも」  思ったままを言うと、横顔が林檎みたいに赤くなった。 「またまた、そんな。褒め上手だなぁ」  お世辞扱いされたくなくて本当にそう思ってるのを伝えると、うつむかれて無言。しつこすぎたかな。不安になって話題をかえる。 「どこにしようか。いくつか候補があるんだ。和、洋、中、イタリアン、フレンチ、エスニックなどなど。どれでも好きなの言って」
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