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三年後に彼が辿り着いた一輪の月下美人という美しい人は、強い情熱のもと花開き、夜との逢瀬を重ね続けたいという強い意志を秘めながら萎んでいく。
空が白み始め、花びらが閉じていく。
かの人は消えるようにいなくなったけれども、かの人と重ねて見つめ続けていた月下美人は消えない。再び咲くために眠りに就いただけだ。
男は合羽の下、腰に下げていた防水の巾着に手を伸ばした。
後生大事に身に付けていた白い絹のハンカチーフを取り出すと、そっと萎んだ月下美人を包み込んだ。
もう一度逢いたいという情熱的な意志を、不要となった白いハンカチーフによって伝えようとした。
その崇高なる神秘の美が崇高な儘であり続けることを願うと、その場を後にした。
三年の時を経て、彼の中に潜み続けていたかの人の存在が解き放たれた瞬間であった。
少女は彼の前に二度と現れることはない、もう何処にもいない。幻想は消えてしまった。
追い求めるべきものは白いワンピースと漆黒の瞳ではなかった。それは追い求めるものと出逢う為のきっかけでしかなかった。
あの白いハンカチーフは再会を意味したものではなかったのだ。言葉通りの感謝と別れを意味したものでしかなかったのだ。
それはあの場所に少女が佇んでいたという残像に近しい。
もう彼が出逢うことのないかの人を探し続けることはない。幻想は消えてしまった。
縛り付けられていたあの印象的な出来事から彼は漸く解放された。
そうして眩みそうなほどに甘く優雅な快楽に襲われて止まなくなった。
さあっと心に通り過ぎた風は艶やかな湿りを帯びていた。
囚われていた三年前の幻想が消え、この夜に出逢った月下美人の真っ白な大輪が情熱的な新たな魅惑を彼にもたらした。
数ヶ月後、再び彼は同じ場所で月下美人の開花と出逢う。
夜の逢瀬は彼に恍惚とした至福を与え、何よりも得難いのに眼前に広がる神秘を湛えた快楽に浸る。
いつしか彼の記憶からは、あれほど鮮明に映し込まれていたあの子がいなくなった。
彼はあの幻想を忘れたがように新たなものへ情熱を注ぎ、追い求めはじめた。
あの日の出来事はまるで烏有と帰した。
袂に縋っていた白いハンカチーフと月下美人という神秘の魅力によって。
《 終 》
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